ボディワークって何?③氣づきもしないその癖が不調を作る

レッスンでは、日常の癖になっている動きを観察します。

 

たとえば、

後ろから呼ばれたとして振り返ってみてください。

  

左右どっちから振り向きましたか?

 

どうして、そっち側を選んだのですか?

 

ちなみに、反対側から振り向くイメージってできますか?

 

実際振り向いてみて、左右に違いはありましたか?

 

と、そんな質問をすることもあります。

 

どこから、動きましたか?

って聞くこともあります。

  

振り向くって、あなたはどこを使いますか?

 

椅子に座っていたら?

立っていたら?

 

胸の向く方向は、変わりますか?

 

お臍は?

 

目はどう動きましたか?

 

肩先と、目、どっちが先に動きましたか?
肩先、動いた?

 

体重移動はありますか
座っていればお尻、立っていれば足の裏で

 

首が痛いという人は、見事に首だけで振り向くので、


わぁ、ほんとに首しか動かない!ってニヤッとしちゃいます。

 

首が痛い人は、

首が悪いのではなくて、

首を酷使してしまっただけかもしれません。

 

つまり、首は酷使できるほど、使えるヤツだった、と。

 

レッスンでよくたとえ話をするのですが

痛くなった首さんは、会社で働かされすぎて悲鳴を上げた社員なんです。

仕事がデキる社員だったから、あれもこれもよろしくね、って。

あなたの脳さんに使われすぎていた。

だから首さんは「もうムリムリムリムリー!マジ勘弁!」と、なったんです。

 

では、改善策はありますか?

そう、サボっている社員がいるんです。この人たちを働かせたらいい。

わたし仕事のしかたわかりましぇーん、と言っている部位たちに、
胸やら骨盤やら膝やら足やら

ほれ、あなたたち動く能力あるのよ、やってごらん、と、優しく起こすのです。

ゆっくりとした小さな動きを繰り返すことで、脳に入力されていきます。

ほーら、ここ、動けるでしょ?って。しかも構造的にはこんな風な動きができるんだよ、って。

そうしたら、脳さんが、あー、ほんとですね、

この人たち居たんですね、今度からこの人たち使ってみます、

ってなる。

そうすると首さんの仕事が減る。

 

と、いうのが、ボディワークのレッスンで起こっていることです。

運動した感は、あんまり、ないです。

でもなんかすごい疲れる。こんなことができないのかっ!と笑えて来る。

 

最初の、どっちから振り向きましたか?の話なんですけど、

動きってそういうふうに無意識に、

快適な、最善のものを選んでいます。

ただし、今あるもののなかの快適の範囲内で。

知らないんです、より快適がある世界を。

でも、知れば、最善が変わる。

 

そこにクセがあれば、

デキる社員にたくさんの仕事を回すことになるんです。

首さんのように悲鳴をあげる社員が出ます。

人によって、デキる社員は違うので、それは腰さんや膝さんかもしれません。

 

たとえば腰が痛いあなた、

ちょっと前屈してみてください。

痛いところが、一番カーブきつかったり、しませんか?

背中を丸めているはずなのに、

板でも入ってるみたいに平らなところ、ありませんか?

そもそもそこが丸くなるなんていう発想もないんです わかりますわかります笑

膝はどう使っていますか?

屈む動作のたびに、そのクセを発動していたら、

すこーしずつその得意な部位の頑張りが、いっぱいいっぱいになっていくのでは?

そんなに酷使されちゃうとそろそろ無理ですよ、というお知らせが、痛みなのでは?

なのに、「腰が悪い」「膝が悪い」と言われてしまう悲しみであることよ。
あなたは悪くないよ、
今までよく頑張ったね、って声をかけてあげたい。

 

もしそのクセをできるだけフラットにしていくことができたなら、

どうでしょう?

状況によって、動きの選択肢が増えたら、どうでしょう?

デキる社員じゃなくても、みんなで仕事を分担したら、

一か所の負担は軽くなります。

 

そういうことをちょっと遠くに見ながら、
すぐには全部変わったりしないので

今日はここがちょっと変わったかも、よくわからないけどラクになった、と、
よくわからないけど、なのよね、ほんと無意識へのアプローチだから。
わかった感・できた感が欲しい人は続かないんです。
でも本当の変化ってどういうことさね?
あ、前と全然違う!と氣づく喜びを知ったらなぁ、たのしいんだけどなぁ!

地道にレッスンを重ねていく。

少しずつの変化だけど、確実に前進はしてる。

そんなことをしています。

 

テキストのコピーはできません。