これはアインシュタインの言葉とされているのだけど
Insanity :
doing the same thing over and over again
and expecting different results.
簡単に言うと、「狂気=同じこと繰り返して違う結果求めること」。
一般的な話で日常生活の中で
もっとこうだったら、を何となく挙げるならば
もっと楽に動きたい
痩せたい
痛みを取りたい
穏やかに過ごしたい
悩みたくない
睡眠の質を上げたい
人間関係を良くしたい
お金が欲しい
休みたい
成績上げたい
叶えたい夢がある
確かに
思ってるだけ言ってるだけで
変わると思ってるなら狂気の沙汰だわ。
でも、やりがち。
痩せたい!って言いながら
ごはんのあとにバターロールもぐもぐしたら
痩せるわけなかろうに。
それで、あれ?痩せないんだけど?とか言う?
夫が食べようとしたところに
「何してるの?」と聞いたら
自分の手元見て驚いてたんだけど
まさかの無意識?
「はぁっ!?」って顔したけど
面白いけどさー
ほんと面白いんだけどさーー
この人と結婚したら面白そうとは思ったんだよね
正解だったよ大正解
どうしたらいいかわからない。
最初の一歩が面倒くさい、または勇気が足りない。
明日からでいいやと先送り。
いやそもそも自分が何を求めているのかもわからなかったりして。
どうしたいの?
どうありたいの?
それが明確だろうか。
それと、それは本当に自分が思ったこと?させられてない?っていうのも
そして、そのためにできることは何だろうか。
別に、そんなことを考えず流されるままに生きたって構わない。
でもそれなら、不満をもっては不幸だと思う。
不満が通り過ぎるのを待たなくてはいけないなんて。
通り過ぎてくれるかもわからないのに。
わたしは、自分に聞くことが結構楽しいのかもしれない。
本当はどう思ってるの?
どうしたいとか、ある?
じゃあ、そのために何ができるだろう?
それがわたしの場合は
ジャーナリングというか手帳タイムなんだけどね。
わたしの長年の課題として
家族を優先しすぎて心身ともにパンク直前になる
というのがあるのですが
これも昨日と同じことしてたら改善には向かわないわけですね。
だから今日は、自分のきもちを最優先にして、、
温泉行ってきます!
家族のお風呂の順番待ってて寝落ちする
腹立つっ!
そんな日は、ひとりで温泉に行っていいこととします。
いつもと違うこと、してみよう。
そう考えるとさ、
ボディワークで体の動きがちょっと変わったら、
その先どんな変化が起こるのか楽しみだな。
たとえるなら
水平に線を引きたいのに
ちょっとでも最初にずれると
そのときはそんなにわからないけれど
1メートル先は結構ズレちゃうじゃない?
10メートルしたらもっとじゃない?
そんなふうに
パラレルワールドっていうかね。
もし今日ちょっと上向きにしたら
その1年後の変化はどうなんだろう。
10年後は。
長生きしたその先に
元気に歩ける自分なのか、痛みで動くのがおっくうな自分なのか。
だけど老後のために今を生きてるわけでもないから
今は今で楽しめるものでありたい。
ダイエットって今が楽しくないからできないんじゃないかな
少しの変化を毎日に散りばめたら
なんか面白そう。
こうしなきゃ、じゃなくて、
こうしてみようかな、っていう小さな実験。あそび。
ヒトなんてさ
こんな、ほんのちょっとの差なんだろうね。
ボディワークをやってみるかどうか。
そのレッスンでの小さな変化。
昨日と違うことをやってみるかどうか。
個人内でもこんなちょっとの差で。
違い、って他者と比べたらすごい違う気がするけど
例えばAIと比べりゃ賢さなんてそんな差がなくてさ。
そりゃあ世界最高峰の大学へ行く人と
学力的な事情で中卒ですっていう場合となら
ヒトの世界では全然違うけど
そこにAIが入ってきたらどっちもさほど頭良くないわけよ。
比較のスケールが変わるっていうかね。
こっちは高さ3ミリ、あっちは15ミリ、15ミリすげー!って言ってたのが
いきなり1キロメートル来ました、みたいな。
大学入試がどうとかいうけど
人間の賢さって点数では測れないものもあって
そんな中で、羨んだり劣等感感じたり焦ったり
バカみたいだなって思うことある。
小さな世界の中でどんぐりの背比べ。
でも、微細さが全然違う世界をつくることもあって。
測れない変化って面白いなぁって。
外の何かと比べての差じゃなくて
個人内変化の差って微細なものでも大きいんじゃないかなって。
何言いたいんだわたし(´・ω・`)
