受け取るって難しいけど、『受け取る』から始まっている


受け取るって難しい。

自分でいいんだって思うことって難しい。

そこは悩むことなく肯定しちゃって良いって、

夫にも仲間にも言われるし自分でもそう思うんだけど、

なーんか、ストンと落ちなかったの。

 

自分の価値ってなんだろう。

 

私なんかが受け取ってばかりでいいのかな。

私、あんまりお金を稼いでないけど、稼ぎたいとも思ってなくて、

ただ、私は自分が得たものをシェアしていくことが好きで。

表現もしたくて。

こんな私でいいんだろうか。

あんまり稼いでないのにご飯を食べることも気が引けて。

稼いでいないという負い目は感じなくていい。
と言いつつ気が引けるときはあって。

そんなのは、洗脳なんですよ。

働かざる者食うべからず

を勘違いしているんですよ。

わかってる。

自分の心の奥底と、世間の常識と言われるもの、社会の都合、

それが噛み合ってないだけで、どっちがホントかなんて、

よく考えればわかる。

 

にしても。

 

私なんかがやることを、受け取ってもらえるんだろうか。

 

、、、、、えっ?

 

ええっっ????

 

受け取ってばかりでいいのかな、というのと、

受け取ってくれるんだろうかっていうのと、

何これ、

需要と供給じゃないか。

 

何を悩んでいるんだ?

できることをして、それを受け取ってもらえるって、嬉しい。

与えてもらえるって、嬉しい。

しかも、家に居れば、私は家族から大人気。

話しかけてきたりスリスリしてきたり くっついてきたり。
もう一人にしてくれと思うこともある。

存在だけでいいみたい。

 

ん?

今、私、何を悩んでいるんだろう?

 

 

受け取る、してもらう、って、なんだか知らないけど、気が引ける。

でもさ。

まず命を与えられているんだよね。

まず一番最初に、否応なく、与えられてるんですよね。

悩みもせず受け取っちゃってる。
いや、天で悩んだのでしょうか。。。

命を。肉体を。

スペシャルギフトやないかい!!

これを与えられてるってことは、

価値があるとかないとか、

そういうことじゃなくて、そんな次元じゃなくて、価値なんてあって当たり前で、

もう生かされているんだから、

もうそれでいいんだ。

 

しかもさ、生まれてきてくれたことって周りにしてみたらギフトだし。

家庭の事情とかでいろいろあるかもしれませんよ。それは個人的なしがらみの話で。
でもね、生命が生まれるってやっぱり感動だと思うの。私、動物の出産とか見ても泣けるもの。
例えば「私は望まれて生まれてこなかった」って人が居たとしますよ。
もしその人の生まれるシーンが映像で見られたとしたら、私は間違いなく泣きますよ。
たとえその人の親に事情があってどう思ってもね。この感動って何だろう。
犯罪を犯す人が生まれることについてはどうなのか?その命だって最初はギフトだった。
ただどこからか幸せとは離れて行っただけで。命とは別の話。

 

すべてのものの中の細胞のひとつのように自分が存在していて、

つながって生きていて、

良い悪いとかじゃない。

もうそこにいる。

 

これをしなきゃダメとか、どこでどうなって思うようになっちゃったんだろ。

 

生まれたこと、生まれてきてくれたこと。

私と長女は同じ誕生日。

与えること、与えられること。

どちらもギフトなんだ。

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