とんかつと思いやり、相手主体の意味

じゃあ今まで何だったの?!

思わずそう言ってしまった。

 

今までとんかつの一番いいところと思ってあげていたのに、

とんかつは端っこが好きってどーゆーことーー!

 

 

とんかつとか、かつ丼の、お肉って、

カットされてるでしょ。

あれ、わたし、子どもとシェアするときに、

必ず真ん中らへんをあげていたんですよ。

それは、わたしが、そこが好きだから。

でもね。

でもね!

うちの子どもたちは3人とも、

サクサクする端っこが好きだった!!!!!

夫は真ん中派。

 

じゃああの我慢って何だったの?

ちょっと自己犠牲みたいな感覚でしていたことって、

何の役にも立っていないどころか、

むしろ、

余計なことしていたってやつ。

 

あ、そー。

じゃあ今度から端っこあげるね。

わたしは真ん中が好きだから。

ちょうどいいじゃーん!

 

 

って、

こういうこと、

他にもあるのかもなって。

良かれと思って、っていうのが、逆に余計なお世話なやつ。

しかも、勝手に自分が犠牲になってて、

してやってるっていう感覚になってて、

でもそうしたことで相手に我慢とか遠慮させることになってたり、

しかたない譲ってやるかと思われてたりして。

お互いに、してやってると思ってるのに、

実は全然必要ないことをしていた。

何という悲劇。

 

何が好きか、どうしたいか、一言聞けば良かったのに。

 

相手のために、って思うのなら、

自分基準で考えていても、

意味がない。

それじゃあ自分基準の押し付けだ。

相手主体って言うのは、

自分基準で相手に合わせることじゃなくて、

相手基準を知ることからだ。

 

あるよなぁ、これ。

夫婦でも、親子でも。

人間関係全般。

 

ボディワークを伝えるにも、

相手主体がポイントになる。

とんかつから、

いい勉強になった。

 

 

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