休校休園になったときに、モヤる、シゴトや生き方のこと


学校閉鎖だの、保育園も検査を受ける人が出るだの、

こういうときの、親としての自分、

仕事をする人としての自分、

人によっては組織の一部としての自分、

とか、簡単ではないよなぁと思う。

 

今のわたしはとても柔軟な生活をしている。

わたしが仕事続けてたら今頃大変だったねぇ、と、夫に言ったとき

「うん、あなた大変だったろうね」って言われて、

いやいやいや、なんでわたしだけ大変なの?

一週間休みなら交代で見るでしょ?

同じ仕事してたのにどうしてわたしだけ休むの?

ってなって、

まだなんか、わたしの闇?は深いなと思った。

前なら「まだそんなこと言うかァーー!」って怒ったと思う。

フルタイム共働きだったら、怒っていただろう。

何が違ってのこの差なのかと。

同じように稼いでいて、同じように職場でも立場があるのに。

それだったらもうほんとに、おかしいと思う。

職場がどうのとかさ、母親の方が休みやすいとかさ、そんなの関係ないわけ。
休みづらいのに休まなきゃいけないということから逃げるな。母親だってホイホイ休めるわけじゃない。陰口もあるし嫌な態度とられることもあるし、そこは鈍感なふりして、休んでもいいように仕事は先回りして、日頃の園のお迎えに合わせて仕事切り上げて、なのに父親は残業当たり前とか何?そしてそんな働き方をしなきゃいけないシゴトって何?しかもそれ選んだのは誰だよ。。。あーわたし何したいんだろう?
仕事上どうしても悪影響だというならそれについて納得いくよう説明してくれ。開けた穴を埋めてくれる人がいることはわかってるし申し訳ないしありがたいと思う。でも子どもをもって働くことは悪いことなんですか?どうしたらいいんですか?なんて、思っちゃう。

 

でもフルタイム勤務を辞め、自宅でのんびり働く今のわたしが思うのは。

自分はどうありたいのか、家族としてどうありたいのか。

夫の意識がどうの、と言う前に、自分は何を望んているのか、ってとこ。

理解してもらえないんじゃなくて、

わたしは何を望んでいるか自分でもよくわからないし、当然それを伝えてないんだもん相手がわかるわけない。

どういう働き方したいんだか、わたし。

夫が(そしてその職場という社会の頭の固さが)こういうタイプだから、自分も家族優先にしたいから、と今の働き方を選んだのに、なんでモヤるんだろ??

 

・本当は仕事を辞めたくなかった?→いいえ

・本当はフルタイムで働きたいけど夫の協力が足りなくて諦めてる?→微妙。フルタイムで外で働きたくはないけど、もう少し仕事は増やしたいかも。

・今 家で働けているからって家のことをやるのが当たり前みたいになっているのがイヤ?→はい

・でもそういうふうに柔軟に対応できるように自分で選んだよね→はい

 

あ、わたしがモヤってるの、家事分担だ。

またかよ!

疲れているから掃除片づけはしないとか、

そんなのわたしも同じです。

独り暮らししていたら全部自分でやることだし。

そしてわたしは自分のキャパシティをこえるのが続くと廃人になるのが経験済みなので、

自分で仕事量を調整しているのだけど、

他人から見ればそれは『余裕がある』であって、

だったらこれもできるよね、という流れに勝手になってるのがイヤ。

夫にも子どもにも、

自分でできることは自分でやってほしい。

わたしはお世話係じゃない。

家族として協力するけど、甘えてもらいたくない。

ってことは何度も言ってるんだけどな。

 

そこで思うのが、

でも夫はお金を稼いでくるという役目を果たしているよね、

というところ。

このご時世で、大きな心配もなく生活できているのは、本当にありがたい。

だから生活させてもらっているわたしは、

家事で支えなければならない、、、?

 

でもやっぱり引っかかるのよ。

独り暮らしなら仕事も家事も全部一人でやるでしょ、って。

暮らしのあれこれがまともにできないほどの働き方って、何なんだろう。

夫が忙しすぎるからその欠けた部分をわたしが補わなければならない、

という構図がイヤなのかも。

でもねー、いわゆる、食わせてもらってる問題。。。

ちなみにですが、夫はわりと家事やるほうですよ、たぶん。
疲れると丸投げし始める。
しかも自覚がない。よっぽどお疲れなんでしょう。

  

ふーむ。

お金か。

夫がお金のために一生懸命働いているのに(いやお金のためだけではない)、

わたしはそんなにたくさん稼げていない、

もっと貢献したいのに、、、申し訳ない情けない心苦しい。

いやそれ、お金じゃなくて、家事とか育児とかの生活を整える面から貢献してりゃいいんじゃないの?贅沢はできないけどお金が足りないわけでないんだし。

女は家庭に居ろ、ということじゃなくてね。

『わたしは』外でバリバリ働くことが向いてなかった。

 

グルグルグル、思考の迷路だ。

  

家族が楽しそうに過ごしてくれたらいい、

だから仕事を頑張れるんだと、

いつもふざけたことしか言わない夫が、「これは真面目だ」と言ったセリフは、

立派かもしれないけどわたしには引っかかる。

もしわたしが稼げたら、

あなたはそんな辛い思いをして働かなくてもいいのに、と。

それだなぁ。

でもどういう稼ぎ方を選ぶかは、本人の問題でしかないんだよなぁ。

ここは切り離して、ありがとうって言っておけばいいのかもしれない。

仕事の内容変えられるなら、クレーム対応の少ない普通の事務職に移る?

って聞いたら、今の仕事がいい、って言ってたし。

 

わたしは、

このシゴトしてみたいな、

と思っても、

自分のキャパシティが心配で進めないことがある。

いまの家庭の状態なら。できる氣がしない。

仕事と、家庭を、天秤にかけて。

そうやって足かせになることに対するモヤモヤもあるのかも。

でも結局それを、自分が全部マネジメントできていないだけなんじゃないだろうか。

 

 

さて、散々さまよって辿り着いた今日のとりあえずの結論は、

自分がやりたいようにしたらいい

です。

してほしいことは言い、

されて嫌なことも主張し、

自分がやりたいようにしたらいい。

家が整っていた方がきもちいいから片づける。

散らかされたら嫌だから自分で片づけろと言う。

人の後始末はしたくない。

やってみたかったら飛び込む。

もっとストレートでいいのかもしれない。

あまり考えないでポンと伝えて動いてもいいのかも。
わたしみたいなタイプはね。
もっと考えてからモノ言えば?ってタイプもいますよね。

脊髄反射で喋ってるのかと思う人、ときどき羨ましい。溜め込まないんだろうなって。あれ?毒吐いたコレ?

たぶんわたしは、肚の底から、これじゃ嫌だ、って言えてない。

だから伝わならい。

 

テキストのコピーはできません。