あさごはん
を食べたのは久しぶりだ。
わたしは朝ごはんは食べない派です。
外で働いていたときは食べないともたなかったし
授乳中ももちろんお腹が空いてガツガツ食べたし
でも今は食べない派です。
あんまりお腹が空かないから。
だけど今朝はお腹が空いた。
朝食は抜いてはいけないとか
三食しっかり食べろとか
いやいや朝食を食べろというのは陰謀だとか
朝食を抜くと頭が冴えるとか。
いろんな主張が目に耳に入ってきて
一体どれが正しいのかわからない。
これはもう、自分の欲求に従えばよいのではないか
とわたしは思う。
お腹が空いたから食べる、という心地よさをかみしめながら
そんなことを考えたのである。
お腹が空かないのに詰め込むように食べても
消化力と釣り合わないのかもしれない。
食べたいのに我慢したら
必要としている栄養に満たないのかもしれない。
その日の予定、その季節によっても違うかも。
食べる量も。何を食べるか、も。
今朝お腹が空いたのは
ちょっと早く目が覚めたせいかもしれないし
最近毎日外に出ているから調子がいいせいかもしれない。
週末で緊張が解けたからかもしれないし
昨日の晩御飯が軽めだったからかもしれない。
暑さが和らいだことも関係しそう。
さまざまな理由はあるだろうけど
結局、相談すべきは今の自分のお腹の具合がどんななのか。
食べたいと思えないのに
朝食神話や習慣やらで
とにかく何かを詰め込むというのは
それは何か違う気がする。
「そう言われているから」という外側の理由で自分を無視している。
なので、賛否両論あるだろうが、わたしは晩ごはんを家族揃って食べることにこだわらない。
声はかけるけど、まだお腹が空いてないとか、今他のことに集中したいとかなら、
それでいいと思っている。
逆に「腹減った!!!」って帰って来たなら家族を待たず先に食べてもいいと思う。
食べるときは同時じゃなくても、そこに誰かしらいるし。
家族団らん、は、別に食事とセットじゃなくていい。
ちなみに
夫と息子は勝手に朝ごはんを食べ
長女は食べない
次女は軽く食べる。
これも賛否両論だろうが朝食はセルフサービス。
ウツで動けなくなったときに、
わたしが用意しなくても食べられるんじゃん、
とわかったから。
次女は上の子たちのお弁当のおかずを少し取り分けている。
もしかしたら本当に朝ごはんを食べた方が肉体には良いのかもしれない、
だとしたら、
とにかく食べたからオッケー、じゃなくて
食べたくなるようなカラダになる
というのが先じゃないか。
食べた方がいいはずなのに食べたいと思えないのは何かしら問題があるから説
しかも、朝ごはんが食べたくなる状態になることが目的なんじゃなくて
いろいろ整えていった結果、そうなる。
逆に、心身を整えていった結果朝ごはんを食べる気にならないなら
それはそれでその人の適切。
必要ないのに食べ過ぎてしまうケースだってある。
きっと精神を含めどこかしらの調子が悪い。
つまり、
調子が良い自分が選んだならそれが自己ベスト。
でも、調子が悪い自分が選ぶものも、そんな自分のためにカスタマイズされたものかも。
心に問題があって食べ過ぎるのは、そうして心を満たそうとしてるんだろうしさ。
それがカラダにとって良いかは違うと思うけど、
今のその人の能力ではそうとしかやりようがなくて、
だからそこから抜け出したいなら他者に頼ればいいと思う。
自分はどうしたいのかってこと。
ただその自分がどうしたいかってのがわからなくて
周りの声にただ従うケースは多いけれど
それじゃあ適切じゃなくてもしかたないよね、と思う。
自分で選び取る能力が不足してるなって感じるなら
信用できる誰かに頼るのはいいと思う。
ところが、誰に頼るかというところさえ判断ミスする場合は少なくない
お医者さんだから大丈夫とか
医者にだっていろいろいるだろう
早寝早起き、も、そうだ。
世の中にはそもそも夜型だという人もいるらしい。
大昔の人間はみんなが同じタイミングで寝てしまうと
就寝中に動物などに襲われて危険だから
朝型と夜型がいて当然だ、という説を聞いたことがある。
しかし他の動物なんかはみんなで寝てるけど
人間ほどグッスリ寝ないですぐ逃げられるようにしてる
どうしてヒトは違うんだろうね?脳を発達させたため?
それとも群れの動物も誰かは起きてるのか?
わたしは長らく夜型だったけど
何年か前に1週間ほど一人暮らししたときに
自然と早寝早起きになっていて
もしかして朝型かも?と思ったけれど
家族との暮らしが再開すると
また寝る時間は遅くなり朝起きるのは辛い。
というわけで環境などの条件にもかなり左右されてはいると思う。
夫なんかは放っておくと深夜に寝て昼過ぎに起きる。
朝から予定があるときなんか、起こすと本当に具合が悪そう。
世の中いろんな理屈が言われているけれど
本当にそれが万人にとって合っているかなんてわからないし
自分の調子が良ければ常識と違ったって良い。
自分は何を求めているのかということに敏感でありたい。
しかしバランスを崩すような欲求がでることもある。
気持ちとしては食べたい、という舌サイドの欲求と、
これ以上食べると胃もたれするからやめたい、という胃サイドの欲求がある。
人はしばしば前者を優先する。
心も体も寝ていたいと思ったって
起きて出勤しなきゃいけないこともあるだろう。
このご時世において
いつ何時も欲求ファーストにはできるわけもない。
でも本当はどうしたいか、を頭の片隅に置きつつ
折り合いをつけていくということをわたしはしたい。
そうしたら
良い塩梅のところへ寄せていくことができる。
一致まではしなくても寄せていく
それと、いつも何かに従ってるだけ感、も薄くなると思う。
本当はどうしたいか、というのは
誰かに言われるものでもなく
ただただ自分をととのえていけば出てくるものなのではないか。
そして、やってみた結果それが良かったのかってことも、自分の調子でわかる。
その、自分のことを観察して感じるのが難しいんだって話なのはわからなくもない。
こうした方がいい、という具体的な決まりごとみたいなものに従わずとも
自然に、こうしたい、が、それがいい、になるんじゃないかな~って。
しんどい努力しなきゃできないことって
なんか違う気がするのよ