嫌われることが怖いですか?


わたし、自分が、オールマイティーじゃないって、わかってるんです。

誰とでも仲良くできるわけじゃない。

嫌われることも結構あるし、誤解されやすいことも知ってる。

子どもの頃、友達の家で遊んだドラえもんドンジャラで、オールマイティーってなんかいいなぁって思ってた。

誰とでもくっつけてさ。

でもわたしは、オールマイティーにはなれないし、

なろうとも思わない。

・ 

どうしたって、人は、見たいようにしか見ない。


心をこめて接したつもりでも、
尊重したつもりでも、

「嫌われてるのかしら」
「聞いてくれない」
「何考えてるかわからない」

いやいやいや、マジですか。

そういえば、わたしは子どものころからそうだ。

で、気にしないように、我が道を行くように、心がけていた。

でも今は、気にしないというか、

人って、見たいようにしか見ないもんだなって思うようになった。

気にしない、とはちょっと違う。
ショックだけど気にしないようにしよう、って過去は思っていた。

気にならない、だな。

そっかー、そう思うんだね、へー、って。
そう捉えるんだ、おもしろい!ってニヤニヤしたくらいにして

たとえばわたしは、相手が自分とは感覚が違うタイプの人だなあと思ったら(たいてい違う)、自分が適度と思う距離を取るんだけど、それが、相手にとっては拒絶に映ることもある。お互いに無理をしない、我慢しない距離感、お互いを尊重している、つもりなんだけど。お互いにちょっとずつ無理する、合わせる、も、あると思うけど、わたしはそれを選ばないだけで。
あと、わたしは、初対面の相手が子どもだからってやたら親しそうに接することはない。それも、相手が子どもだから態度を変えるっていうのは、自分にはしっくりこないから。大人に対するのと同じように接します。それが、かわいがってくれないとか、子どもが嫌いとか、まあ思われることもあるんだろうなぁーーー。

 

完全に、相手の課題だもの。どう見るか、感じるかは、相手のフィルター次第である。


そう思うようになったのは、『何か引っかかるときは、自分の課題だ』ってことが肚に落ちているから。

散々悩んできた。回り道をたくさんした。


何年もかけて、あるときふと解放されて、
そのきっかけはヨガだったりボディワークだったり
ああ、何かこれ、自分の勘違いだったわ、って思った。
今まで何だったんだ、あはははは。と思う。


それが何回も重なってくると、
あ、どうせこれ、また自分のせいなんだろうな、
って薄々感じる。

 


だからって、悩みをつらつらと話す人に「それあなたの見方のせいだから」なんて言っちゃダメです。
文句言ってる人には絶対ダメだね!言っちゃったら大爆発するよ!

自分で経験して本当に本当に肚に落ちないと、これは毒にも薬にもなる劇薬的考え方で、

口先だけで言ってるようでは、かなりきつい毒です。

だって、誰が悪い、環境が悪い、って思って怒ってたのに、

それが実は全部自分の見方の問題でしたなんて、

しかもそう気づいた途端に問題がパーンと消えちゃうなんて、

そりゃあなかなか受け入れがたいことですよ。

知識としてじゃなくて、肚の底からわかると、すごくラクになるんだけどな。

そこまでに辿り着くのに、一つ一つ、その人それぞれの課題に向き合っていくのでしょう。

向き合うときに、ひたすら考えても、絡まるばかりです。

わたしは、カラダから解いていくことをおすすめします。

トークセンでも、ボディワークとヨガでも。

あ、ところで、こういう話、知ってます?

10人居たら、
無条件に自分のことを嫌うのは2人、
好きになってくれるのは2人、
どっちでもないのが6人。

どうしたって嫌われるんですよ。

嫌われて嬉しくはないけれど、

何をしても
人に合わせても合わせなくても
気にしてもしなくても

こういう結果になるなら、

どうせなら自分の意思を大切にしたいです、わたしは。

しかも、自分らしくいたって好きになってくれる人、2人いるんですよ。

あなたは、嫌われることが怖いですか?

怖いとしたら、嫌われないために何かしますか?

そしてそれは、自分を大切にすることとイコールですか?

 

嫌ってくる人のためにエネルギーを使っている場合なんでしょうか。

嫌われないために何かするのなら、

自分と合う人と、自分のために、そのエネルギーを使いたい。

好きも嫌いも、個人の都合、その人のフィルターなんです。

そんな他人のフィルターに自分が振り回されてる場合じゃない。

ただの他人の頭の中の話なんです。

他人の頭の中の電気信号。

 

変えられるのは自分。

磨けるのも自分。

この世界を見ているのは自分。

 

どう思われても関係ない、自分は自分、

そう思える強さがほしい、

そんな人はたくさんいるのかもしれない。

それにはね、

みんな個人のフィルターを通して見ているだけ、

という感覚が肚落ちすればいいと思う。

で、その感覚を得るためには、

自分の勘違いにたくさん気づけばいいと思う。

そのためには、

わたしは、ボディワークが一番効果的だったな。

 

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