自分に、与える。


たとえばあなたが今死んだとして

もう一度身体に戻っていいよと言われたら、

あなたは何をしますか?

 

今、

お金がかかるから。

時間がないから。

休みを取れないから。

子どもがいるから。

誰かに何か言われたくないから。

自分には似合わないから。

もうちょっと状況がよくなったら。

自分に使うなんてもったいない。

だから、そうしない。

っていうこと、ありますか?

 

今自分に与えないことで、どれだけもったいないことをしているか。

今、最高の資源を、道具を、もっているのに。

今なら歩ける。

今なら見える。

今なら、話せる。

今なら、聞ける、嗅げる、触れられる。

今なら呼吸できる。

今なら肉体をもって生きている。

その自分の資源、財産に氣づいたなら。

そこに投資するなら今。
お金って意味じゃない。お金もあるかもしれないけど。

たくさんリターンがあるのも今。

したいこと、してみよう。

 

嫌なことや、どうでもいいことをしている暇はない。

そりゃあ嫌なことも別の目的で必要に迫られてやるときはある。

あんまり氣が乗らないけど、あの人に悪いし、、、?

あの人の機嫌と自分のココロ、どっち大事なんじゃい!
人のために生きるのが好きでも、人と同じくらい自分を大切に扱ってもいいと思う、わたしは

あんまり氣が乗らないけど、ずっとやってきたことだし、、、?

そのまま一生やるんかい!

あのときは好きだったけど、今はもう必要ないかも、でも、、、。

でも何じゃいっ!

あのときはイヤだと思ったけど、やっぱりやってみたい、、、。

やればいい。

 

身体を、命を、何に使いたいですか?

 

で、たとえばあなたが今死んだとして

もう一度身体に戻っていいよと言われたら、

あなたは何をしますか?です。

 

んー、わたし、何するかな。

家族とたくさんの時間を過ごしたいかな。

もし今死んだら、家族の話をもっと聴いてあげればよかったって思うから。

困っている人が居たら助けになりたいし、

バカなこと言いあって笑いたいし、

ココロ通じあって泣けるときがあるのもいいし、

本屋さんでのんびりしたいし、

おいしいコーヒーも飲みたいな。

子どもの成長も見ていたい。

しばらく生きられるのなら、ココロとカラダのメンテナンスもしたいし、

それを通して自分の中にあるものに氣づいていくのも楽しい。

全部それ、今のわたしの日常だった。
もう、ある。
そういえば、したいことをして、したくないことをやめる、を繰り返してきたこの数年。
なぜ自分はそれをするのか、って問い続けてきた。
いろんな人が、いろんなことを言う。
でも決めるのも、それを生きるのも、自分。
考え方も環境も能力も好みも違う。
こう生きるのがいい、なんて、人から言われるものではない。
わたしのこの考えも、然り。

 

ストイックに何かするのが好きならいいけど、

ただ楽しさ、心地よさ、感動を味わうのも、

生きているからこそ。

何かを成そうとしなくたっていいのかもしれない。

何かを成すこともできる。

結果的に何かになることもあるだろう。

悲しみや怒りや絶望を味わうのも、

それだって、経験しに来たんだと思う。

それに溺れるかどうかで苦しみは変わるよね~。

  

必ず、死ぬ。

肉体を離れるときが来る。

肉体をもってこの環境に居る今、何をするのか。

時間とかお金とか誰かの機嫌とか、そんなのより、今生きているという最大の資源があるわけですよ。しかもその命、カラダって、努力や我慢や希望では手に入れられないんですよ。何か知らんけど最初から与えられてる。何なら何の対価もなくもらったんですよ(たぶん)。すごっ!

と、思った話でした。

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