自分の見た目、好き?


いつも髪を切るとき考える。

どうせ自分はどうにもならんだろう、と。

そしていつも、、美容師さんにお任せ。丸投げです。

どうしてわたしはこんなに、自分の見た目について考えたくないのだろう。

 

先日、動画撮影をしていて、自分の声って思っていたより悪くない、ということに氣がついて仰天したのだけど、

声のコンプレックスの次は、見た目のコンプレックスについて向き合ってみようかな。

 

無意識にいろいろ自分のこと諦めてきたな、と最近思って。

でもそういうのってきっかけがあるはずなんですよ。

自分から湧いて出てきたものではないはずなの。

頭の中の誰かがずうっと、お前はブサイクだと言い続ける。

それが正しいわけじゃないこともわかっているのに。

何がわたしをそうさせたのかしら。

それを考えたとき、父親と、元カレと、ブサイクな卒業アルバムの写真が出てきますね。。。

ほぉ、そこか。

 

おかしくないですか?

今までだって、似合うねとか、きれいだねとか、かわいいねとか、すてきだねとか、言われたこともあるんですよ。

何なら褒めてもらったことの方が多いはず。

なのに、どうして、言われて嫌だったことを後生大事に胸の中に取っておくんでしょうかね。

もう自分なんてこんなもんでいいや、手も時間もお金もかける価値なし。

で、諦めるから手もかけなくて、奴らに言われた通りになっていくし、それを撮った写真も見たくない、という恐ろしい事態じゃないですかコレ!

引き寄せてますよ完全に。要らぬトラウマで現実作っちゃってます。

要らんわ、それ。

 

そういうトラウマ的なこともあるし、

 

まあ、その、モデルさんみたいにはいかないけど、

美しいって、あると思うんです。

その人の美しさが。

外側から付け足さないと美しくなれないんじゃなくて、

そのひとの美しさを引き出すために必要なものがあれば使えばいい。

自分と違うものになろうとは、しなくていい。

引き出す。

でも自分じゃその引き出せる中身がわからないんですよねぇーーー!

結局ココロなんじゃないか?

でもいわゆる世間ってさ。これを着てこんなメイクして流行のヘアスタイルはこれで、って。

 

だから、張りぼて的世間の美しさと、
多くの人に認めてもらいたいという欲求と、

自分そのものの美しさと、
自分のことを一番に大切にしたいという思いと、

求める方向がよくわからなくなっちゃって、

なんかどうでもよくなってくる。

自分の価値観が揺れている。

そういうことかな。

どう生きるか決められていない、か。

 

わたし、毎朝末っ子を起こして抱っこして、んふーかわいいねぇ、大好きだよ♡って言ってる。もうかわいさモリモリだよぅ。かわいいって何だろう。

 

足りないから好きになれないんじゃなくて、

引き出せていないから好きになれない、

っていうの、あるんじゃないかなぁ。

 

好き、じゃなくてもいいんですよ。

でも、嫌だなぁって思い続けながら生きていきたくはない。


、、、こんなふうに自分と向き合うことが、、趣味かも。たのしくって。

思考の自動化は怖いなぁー!思考停止、とも違う。
勝手に流れができてる思考。当たり前すぎて氣づかない。
思考とは言えないのかもしれない。

 

 

みなさんは、自信満々なんでしょうか?

見た目に悩む動物っているんでしょうか?

 

ぜんっぜん関係ないですけど、

おにぎりは、ラップよりクッキングペーパーで握る派です。

ほんとは、素手がいいみたいね。

「朝ごはんはおにぎりじゃイヤ!」と言った5歳末っ子に「じゃあパンダおにぎりはどう?」と本人に作ってもらったら食べました。おにぎりはイヤだけど、パンダおにぎりはOKなのね。見た目って大事かも

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