この時期いつも思うこと


7年前の11月3日は、早朝に虹が出て、夜には雪が降りました。

 

わたしは父が大嫌いだったけれど、

わたしの人生を丸ごと変えるようなイベントは、

いつも父が起こしていたように思う。

今思えば。

 

最後には、

人の死を見せて。

 

人はいつか、動けなくなる時が来る。

人はいつか、死ぬ。

それまでにどう生きたいのか?

父が大きな病気の1個目をしたときに、

わたしは、

ヨガをもっと学びたいというきもちを行動に移した。

まだフルタイム勤務で、保育園児が二人いた。

残業だってあった。

それでもやりたいと思った。

やらないで後悔する人生はイヤだ。

余裕ができたら、退職したら、そんなことを言っていては遅いかもしれないから。

 

父の大きな病気の2個目を知ったとき、

助からないと直感でわかった。

でもそんなことは縁起でもなくて誰にも言えなかった。

1個目の病気のときは大丈夫だと思ったから、 手術にだって付き添わなかったのだ。
娘なのに来ないのかって母や父の友人に言われたみたいだけど。

徐々に弱っていく様子を見ているしかなかった。

最期には

目に見えないものでもあるということ

魂はあるということが

否定のしようがないほどわかった。

口から出る音だけがお喋りじゃない。
本当に脳内で直接語りかけるやつ!

ここにはない世界で繋がることができる。
息子が寝たまま何をしても起きなくなって怖かった。
じいじと遊びに行ってた、と言った。最後に行ったんだね。

確かに、うるせーな起こすな、って脳内で語りかけられましたよ。。。
あれって脳なのかね?どこでキャッチしてるんだろ。耳で聞こえるわけじゃないやつ。

肉体は、魂の乗り物。その通りだった。

魂が抜けたカラダは、もぬけの殻。

わたしたちの理解なんて軽く超える世界がある。

 

価値観、人生観が、グルンと回って切り替わった。

 

社会、お金、宗教、人間関係、時間、優しさ、辛さ、生きる意味、運命みたいなもの、、

 

誰かから教えられることって、なんて薄っぺらいんだろう。

自分で体得したものというのは、

真実でしかない。

人は、だから経験をする。

『経験をするためにこの世に生まれてきた』

そうヨガでは学んだな。

  

 

仕事に育児に家事に、

夫も今ほどは協力的じゃなかったし

それにしたいことも詰め込んで、

さらに放送大学の学生にもなってた
特別支援学校教諭の免許取りたくてね
しかも単位落せば教員免許失効するので必死。

普通に更新講習受けても良かったんだけど。
このアホな制度なくなりますね、今度。
あれがなかったらまだ働いていたかもしれない。それも運命だわ。

そんな状況で親からのサポートを受けるどころかサポートする側になって、

結論から言ってわたしは潰れたんだけど、

潰れても残ったものは、

大切なものだけだった。

そして前とは世界の見方が全然違う。

 

だからこそ今の学校教育の世界では生きられなかった
もうできないと思った
仕組みのために子どものココロを殺すようなことはもうできない

 

さらに新しい出会い。

今。

 

何も無駄なんてなくて、

必要で、

むしろ良くなっていって。

 

社会的に見れば、

わたしなんて、ダメダメなんだろうけど。

そういう自分が嫌だった時期もあるけれど。

そんな世界観は要らない。

 

幸せだなぁと、

しみじみ思う時間が、

最近増えてる。

社会はわりと滅茶苦茶なことが起こっているけれど、

どんなことがあっても大丈夫だと思っている。

それが必要で起こるから。

 

テキストのコピーはできません。