卵焼きのおもいで


今日は長女の遠足で

お弁当のおかずに毎回リクエストされる卵焼きを焼きながら

小学生の頃に父に焼いた卵焼きのことを思い出した。

弁当にもっていく卵焼きを作れと。

職場で、娘に作ってもらったと言ったそうだ。

 

わたしは卵焼きを作るのが得意だった。

祖父の頃から使っていたというアルミの卵焼き器で。

 

今はもう父はこの世にいないし

実家にあったアルミの卵焼き器はとうに処分された。

 

父が職場で、娘が焼いた卵焼きだって、どんなきもちで言ったんだろうな。

 

わたしは父のことが大嫌いだった。

死ねばいいって毎日思っていた。

少しも愛されていないと思っていた。 

 

 

わたしが結婚すると言ったとき

仏壇の前でしばらく座ってご先祖様と相談したそうだ。

血のつながらないわたしにとってはご先祖様でも何でもないのに。

こんなときだけ父親面して。

とあの時は思った。

  

 

父が脳梗塞の手術をして意識がもうろうとしているのに

わたしに会いたいと母に言ったそうだ。

ICUに入りっぱなしで頭がおかしくなったんだろうと思った。

ずっとそういうところにいると、帰る、って暴れたりするのはよくあることなのだそうだ。

それでも行って声をかけてみると、手を握られた。

 

 

わたしを殴った手は

ガンが進行してから自分の口すら拭けないほどに痩せ細って弱った。

口を拭いてやりながら

わたしが自分から父に触れるのは初めてなんじゃないかと思った。

 

 

 

もうちょっと何とかなったんじゃないか。この親子関係。

もし父がもうちょっと上手にきもちを表現できたなら。

わたしがもっと早くトラウマのことを学んでいたなら。

でもこれがベストだったんだろう。

お互いの学びとして。

 

正直言って、今でも父が生きていたなら、うまく付き合えている自信はないな。

でも、前よりはずっと、良かった思い出も、出てくるようになった。

それは、やっぱり、わたしが、いろいろ、思い込みや癖や概念やら何やら手放してきたから受け取れるのだろう。

父が心の傷だらけだったのだろうということも、今ならわかる。

自分が変われば、見える世界が変わるんだ、本当に。

 

 

多くの人は、

本当にほしいものを忘れて生きている。

そのときの感情や癖や概念なんかに支配されて、

本当にほしいものをむしろ失う方向へ行くことがある。

 

自分の思いに氣づいて

態度や言葉で表現して伝えることができていたなら。

 

どうしてこんな思いをしなきゃいけないんだろうというときに

自分の過去に目を向けて

要らない概念をそこで作ってしまったことに氣づけたら。

もうその感情は手放してもいいんだとわかったら。

 

もし傷つくようなことがあっても

されたことだけではなくて

相手の中の傷まで見ようとすることができたなら。

 

本当にそう?

そんな問いを純粋に自分にできていたなら。

 

そう後悔することはある。

 

後悔するからこそ、

これからは、そうはしない。

わたしのこれからはそうしないし、

この方法を必要とする人に伝えていくこともできる。

 

だけど、あーあ、父とは普通に仲良くしたかったな!

 

プライベートレッスンでは、

このへんのお話も、できると思います。

思っているよりあなたはステキなんだっていうこと。

苦しんでいることって、実はそんなに苦しまなくていいんだってこと。

苦しんでいないようで、実はがんじがらめでした、っていうこととか。

少しずつでも進むお手伝いができると思います。

そのときは、うわーって思うけど、必ず明るい方へ進みます。

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