トラウマだらけのレイコだから言える


あなたにだってトラウマばっかりたくさんあるじゃないか!

と、ある人にブチ切れられて言われたわけですよ。

 

わたしはそのとき初めての感覚を知った。

スゥーーーーっと、

グラウンディングしたのだ。
自分の足を越えて根を張ったように安定する感じ。

頭に血が上る、の逆。

 

わたしには自信があった。

わたしは、たぶん平均的な人よりも多くのトラウマを抱えて生きてきた。

そしてそれに一つ一つ、向き合ってきた。

今もその途中だけど、

ずっとずっと、

自己研鑽を重ねてきた。

自分の心の闇と向き合うことに関しては、

はっきり言って普通にそこらにいるレベルではない。

ただトラウマを抱えてそれに甘えてる人間ではない。

そこには自信がある。

 

何も知らないくせに、何がわかる。

トラウマと向き合うことがどんなに大変だったか、知りもしないで。

その言葉を飲み込んだ。

 

けど、そんなら一生それ抱えて苦しめー!って言っちゃったよ
やー未熟未熟っ

 

そういえば。

わたしは、

大切な相手に、

わたしがどんなふうに自分のトラウマと向き合ってきたか、

話していなかった。

幼少期の寂しさに氣づいて号泣したことも、

話したことのない父に、命を与えてくれてありがとうと手紙を書いたことも、
返事がなくても自分の中の変化は大きかったことも、

障害のある弟への憎しみ、それを抱える苦しみ、

話したことのある方の父にされたことを

どう捉え直したかということも、

母との関係や感情をどうしようか、

何をどう伝えようか、捉え直す方法はあるのか、

試行錯誤してきたということも。

学生時代の出来事、元カレに言われたこと、

それに、自分の容姿のこと、コンプレックス、性格。

考え方の癖、あるタイプの人への嫌悪感。

ボディワークと、言語化と、仲間に支えられることで、

ずっと向き合ってきた、ここ数年。

 

ああ、だからこういう行動パターンだったんだ。

だからこういうふうに思っちゃうんだ。

紐解けていく。

 

 

最近確信したことがある。

今ある苦しみは、

過去のトラウマのせい。
出来事と感情のつながり。

本人そのものが悪いんじゃなくて、

ものの見方をちょっとエラーしただけなんだ。

その過去の時点からずっと大事に要らぬパターンを抱えているから、

氣づいて昇華しない限り苦しみ続ける。

わかりやすく明らかになった問題点を潰しても、意味がない。

その元にあるのが何なのか、根っこは何なのか、

氣づいて、捉え直さないと、終わらないのだ。

それは救いでもある。

苦しみを終わらせる方法があるということだから。

この考え方が腑に落ちると、

自分のことを責めなくてよくなるし、
自分の要らぬフィルターを取ればいいだけだったけど、
それまではそうするしか仕方なかったんだよ

人のせいにして苦しまなくてよくなるし、
あの人のせいでわたしはこうなったなんて思えなくなる、結局自分だから

純粋な自分の選択ができるようになる。
モノの見方が変わるから

 

そういうことを何もしていない人にはわからない。

当然だ。

そして、わたしはいちいち自分のことを話したくはなかった。

どうせわかってくれない、そう思っていた。

こんな暗い話、聞きたいわけでもないだろうと。

 

時間が経ってから、

わたしがしてきたことを話してみた。

だからあなたも変われる、

そんなところで苦しまなくても変われるんだ。

でも変えるのはそこじゃなくて、もっと奥にある。

 

誰も悪くないんだ。

あなたも悪くないし、トラウマを作った相手も悪くない。

みんな不器用に生きている。愛すべき人たち。

見方を変えるだけ。

切り替えスイッチみたいなもの。

そこをパチンとしたら、世界が変わる。

何て小さなことに囚われていたんだろうと、

ええ~?って笑っちゃう。

わたしはそういうことを学んでいる。

 

 

要らないものを捨てた 本来のあなたと生きていきたい。

過去の傷を振りかざしながら生きるのは、もうやめていい。

 

 

テキストのコピーはできません。