人それぞれのストーリーがあるから


その人にはその人の、

それまでの人生、経験があって、

だからこその現在の言動がある。

 

だから、

どんなことを思っても、言っても、

それがダメだなんてことはない。

それでいい。現在地が、そこ。

上手ではなくても、精一杯をやってきた今が、そこなんだから、

それでいいんだ。

でも、何かうまく行かないことがあるのなら、

少しずつでも変化させていけばいいと思う。

 

 

はぁ?って正直言うと思う言動や思考もある、

自分にもあるし、他人に対しても思う。

でも、どうしてそうなった、ってところを辿っていくと、

ああそうなんだね、っていうことがあるのである。

必ずある。

 

そういう視点で見ると、

何か問題っぽく起こる出来事は、

大抵、過去の傷に辿り着く。

 

子どものときに親に言われたこと。

学校で、先生に言われたこと。

クラスメイトにされたこと。

友人とのトラブル。

もう別れた恋人とのこと。

見知らぬ他人から投げつけられた言葉。

職場での経験。

お金に困ったこと。

ケガをしたこと。

災害や事故に遭ったこと。

 

それは、本当に酷いことのときもあるし、

捉え方によって苦しんでしまったものもある。

 

今の自分からその過去を見たときに、

ああ、それは怒って当然の酷いことなんだよ、って思うこともあれば、

そんなふうに考えなくてもよかったよなぁと、思うこともある。

自分もそうだけど、相手が未熟だったせいもあるよなぁと、思ったり。
怒って暴力ふるうとか完全に相手の未熟さでしょ、とか。

まだ癒えてなくて大泣きすることもある。

 

あのときああ思ったから、

あのときそう感じたから、

だからこういう思考の流れができて、

今も同じパターンを繰り返している、

って氣づく。

例:学校でわたしはいじめられていた。
だからわたしは人付き合いが下手だし、どうせ必要とされない人間なんだ。
だから言いたいことを言わなくてもいい。一人でいい。
もう傷つきたくないから、拒絶される可能性があることから逃げる。
でも大切な人間関係がうまくいかないのは、、、

例:過去に、親から、容姿について傷つくことを言われた。
どうせわたしはブスだから、かわいくなりたいなんて思わない。
服も髪も適当でいい。化粧をしても無駄。手をかけない。
でも、友達が楽しそうなのいいなぁと思うし、やっぱりパッとしない自分は嫌、、、

 

あのときはそう対応するしかできなかった。

悲しかった、悔しかった、嫌だった。

理不尽だ、傷ついた、腹が立つ、すごく辛かった。

そこをもう一度感じ切って。

、、、でも

今でも同じ反応パターンを死守する必要ある?
だってそういう反応パターンで苦しんでるなら、ただ手放せばいいのに

って、思うようになる。

心の中を見ていったり、

身体のどこかに残っている記憶を探したりすると。

辿り着けたら、きっと手放せるようになる。

そうしたら、言動も、思考も、変わる。

 

人にはそれぞれのストーリーがある。

楽しいことも苦しいことも、大笑いすることも落ち込むこともある。

そんな中で、そのときできる一生懸命の対応をしてきて、

今がある。

何とかここまでやってきた、

そのことはリスペクトされていい。

だから、

わたしは、わたしのところに来る人には、

あなたはダメだとか、悪いとかなんて絶対に言わない。

わたしには知り得ないストーリーがあるから。

それも知らずに、偉そうに何か言うなんてできない。

どんなことがあって、どんな思いをしてきたか。

その人自身で封印してることがあるくらいなのに。

でも、何かがうまくいかなくて、変わりたいんだって思うなら、

わたしにできる最大限のお手伝いをしようと思ってる。

心と身体にあるものを紐解きながら、

これからどうしていこうか、

どうしていきたいのか、

自分で決めるお手伝い。

お話、聞かせてください。

ペラペラ喋れる人も、ゆっくり言葉少なな人も。

どっちだっていい、それでいい、それがあなただから。

 

わたしは、全然完璧なんかじゃない。

でも、できることがある。

過去に縛られているだけだということを嫌と言うほど経験したから。

そして、どんな選択でも、そのときのその人のベストだったってこと、

よくわかるから。

 

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