日常が優しさにあふれたなら本物


どんなにかっこいいこと言ってても、

どんなに立派な話ができても、

日常生活が優しさにあふれていなかったら、

虚構だ。

 

人に伝えることを仕事にする

それは覚悟がいることだと思う。

自分がそうあること

言ってることと実際の自分にズレがないこと。

まず自分を整える、ってことをわたしはずっと言っている。

 

わたしはヨガ哲学の話が好きだ。

 

でも、何かを学んだ結果、

日常に活かせなくて何だって言うのか。

 

サンスクリットの難しい言葉を解説できるかどうかより、

ふとしたときに相手や自分に投げかける言葉に

その何てことないメッセージに

愛や優しさがあるかどうか。

立派な教えを伝えると同時に、

日常生活でも実践できているのか。

 

わたしのヨガ哲学の師は

実践の人だなぁと思う。

もちろん哲学の解説はマニアックなほど。

優しすぎるほど優しく、

ずっと同じ教えを伝え続け、

損得ない行動ができる。

家族との関係についてもがんばってる話をときどきしてる。
家族って近くて難しい関係で学びがゴッソリ。
そこがうまくいってる人って説得力ある。
うまくいくという結果というより、向き合い方というか。

カルマヨガを、きれいごとヨガと笑いながら、

無料レッスンをすると言い出した。

 

すごいなぁって思う。

教えを実践する姿に。

この人から学んでよかった。

物質ばかりを大切にする時代は終わった、

精神性を大切にしなきゃいけない。

もうずっと前から一貫して言い続けている。

わたしが最初に学んだのはもう、10年近く前だろうか。
インストラクター養成講座で。
忘れもしない、初日のオープニングの話が、
瞑想しながら眉間からエネルギーを出したら瀕死の金魚が元気になった話だった。
2回目から来なくなった人は、絶対引いたんだと思う。

ここに来て、ほんとそう、って思う。
瞑想金魚の話じゃなくて、精神性を大切にすることね。

 

わたしは肉体を整える方の勉強もしていて、

やっぱり肉体も大事じゃない?って今は思っているけれど、

たか先生はアーサナではなく哲学寄り。

それでも、流派がどうだのとか誰が正しいとかじゃなく、

哲学に関してはずっと学ばせてもらってる。
今はYouTubeで。火曜の瞑想Liveが珍しくアップされてる。
瞑想Live 「手放す!」

なんせ、わたしの生き方が、教えてもらったことに基づいてるもんなぁ。

悩んだとき、迷ったとき、

ヨガ哲学だったらどう考えるかなぁって。

哲学な大事なところになるとフフッと半笑いになるこの先生が、
もしかしたらわたしの人生の師なんでしょうか。。。

 

そしてやっぱり、人柄ってあるよなぁ。

学んだ結果、こうなりますよ、ってことだもん。

学んだ末に辿り着くかもしれないてっぺんにはまだ届いていなくても、

学び続け、実践し続けること。その姿。

 

 

 

何かを伝える人って、

これ学んだらこうなりますよ、って自身が体現してる。

だってその教えを使うのって日常生活の中だもん。

自分が信じた道を思考や言葉だけじゃなくて

生き方として実践する、

わたしはそれが本物だと思う。

そういう人にわたしはなりたい。
そうでありたい。

 

と、今日も何となく呟く。

 

 

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