散歩しながら考えた、人と自然。


自然はどんなわたしでも受け入れてくれる。

ただそのまま在る。

病んでる?(;´∀`)

外で考えを整理しようと思ったけれど、

外に出るとたいていボーっとして終わる。

ねーねー、桃太郎だって、このチューリップ。

かわいい。

こういうパキっとした色の花も好きだけど

わたしは優しい色合いの花が好きだな。

これは桃太郎じゃないんだよ。

こういう美しく作られたお花畑でも

地味に存在している

ムスカリとタンポポの色合わせが好きだったり。

去年は、
人出を抑制するためにお花畑のお花を全部刈るとかやってたけど、
今年はしないのかね。
まったくアホな話だよね。
狂気としか思えないわ。
こうして今起こってることも
数年後には狂気の沙汰に見えるんじゃないのかな。

わたし、

愛想なくて

性格きつくて

人間嫌いで

みんなとうまくやれない奴だって

子どものころからずっと思ってたけど、

それ、

どこかの誰かに過去に言われただけで、

それが真実ってわけじゃないのかもな。

だってわたし、

やさしい色が好きだもんな。

自分にないから求めるのかな?
これはそうじゃない氣がする。

やさしいよって、

言ってくれる人、

何人もいるのに、

厳しい言葉 辛辣な言葉だけ記憶に強く残って

それで自分を責め続ける。

辛い記憶ばかりに縛られるのと同じ仕組み。

そっか、

じゃあ、

わたしは人に投げかける言葉に氣をつけよう。

あなたには、そういう呪いみたいに抱えてる言葉、ありますか?

もう手放していいよね、そういうの。

 

 

どんなに学んだって、

自分が接する人のことを大切にできていないなら

学びになんて意味はない。

机上の空論、ただの娯楽。

わたしは、より良く生きるために学んでいる。

 

あ、ライラックが咲き始めてる。

くんくん嗅ぐといいにおい。

 

自然は

小難しいことを学びもしないのに、

悩むこともせず

人を幸せにする。

その場に合わなければ淘汰される厳しさもある。

それだってただ受け入れる。

だから、そのまま受け入れてくれるような安心感があるのか。
自分も周りも、そのまま、ただ、そのまま。
自分を許せない人は他人のことも許せない、

そういうことに繋がる氣がする。。。
だからまず自分。。。

 

何なんだろうなー、人間って。

ただ在ること、それでもいいんじゃないかと思う。

よりラクに、よりよく、とか考えることが

ときに苦しみを産む。

人間は植物と違って動けるし、だから選択肢があるし、

生き方を選べる、このことの、ややこしさ。

考えることができる、

それを行動に移すことができる。

思考、感情、感覚、運動。

植物には運動はないとしたら、何が違うんだろう。
動くやつもいるけど。オジギソウとか、食虫植物とか。
感情はあるっていうよね。感覚、、痛いとか?
でも思考はどうなんだろ。

 

良い悪い、は、誰にとっての良い悪いなのか。

それじゃ嫌、だから、変わろうとする。

でも、その嫌なものにだって存在する意味はある。

在っていい。

わかんないな。

ま、いっか。

今日はここまで。

散歩してるわたしの脳内はカオスでした

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