学校に行きたくなかった娘と同じことが自分にも起こった


6年生になった長女は、

小学校に入学以来、

何度か、学校に行きたくないと泣いたのです。

1年生のときは、休んだり、保健室に通ったりして、

そこから落ち着いて、

昨年度は、遅刻することがあった。

学校に行きたくない、再び。

今年度は、まさかの、担任の先生が異動で代わる、という

思いもよらぬ変化で

先生には失礼だけど娘にとっては良かったらしく、

わりと楽しく過ごしているらしい。

 

 

娘は、昨年度は、

先生が怒るのが嫌で、

しかも自分にじゃなくて

他の人が叱られるのを見たくない、

と言ったのでした。

 

叱る理由もそんな大したことじゃないと思うし、

なぜあんなに強く言うのかわからない、

自分もいつかそうなるのかと思うと

緊張して疲れてしまう、

そういうことでした。

 

なーに言ってんだか。

よくわかんないなー。

というのが母としてのわたしの感想だったのですが、

でもそう感じるんだからそうだよねと、

辛い時は無理に行かせることもせず、

先生にはありのままを伝え、

でも、思いがあってのことなら特にご指導を変えていただかなくてもいいです、

ということで、

5年生を終えたのです。

 

でね。

わたし、

「はっ!」

って思ったことが最近あって。

これか、娘が言ってたこと!

って、思ったのです。

 

わたしも、今まで、いくつかの場でいくつかのことを学んでいる。

その中で、学ぶことは楽しいのだけど、

ものすごく疲労するところがあった。

自分が特に何か言われるわけでもないけれど、

他の人に言われることが、キツ過ぎて、

言われている人は明らかに困っているのに、

それがスタンダード、

な雰囲気。

 

でも、学び自体は質が高いし、

みんな氣にしてなさそうだし、

わたしがおかしいのかなぁ?

あの言葉の攻撃を、自分がされたら耐え難い。
きっとしてこないとは思う。
わたし、構わないでオーラを出し続けてたから。
そうして戦闘モードで長時間過ごすのは苦痛だが。
そしてそんな態度でしかいられない自分が一番イヤ。

でも攻撃だと思ってるのはわたしだけ?

ホントのところはどうか、わからない。

でもわたしがそう感じて「うわー行きたくない」って思っちゃうのは事実。

氣のせいかなと思って何回か続けたけど、

毎回心地よくない空気感。

心地よくなるために行くわけじゃないけど、

お客さんだとは思ってないけど、

今のわたしは氣力と体力がありません。

よしっ、それでも行くぞ!と思えない。

あー、こんなに嫌なら、辞めよう。

学べることの質を思ったらもったいないけど、

行きたくない、そう思ったなら、行くのやめよう。

でもわたしにはわからない隠れた目的があるのかもしれないよ。
苦行みたいなさ。叱咤激励なのかもしれないよ。
『でもわたしがそう感じる』ただそれだけです。
きっとわたしの中の問題だ。今まで全部そうだった。
でも、今のわたしには耐える余裕がない。
だから、
ただ離れればいいんです。という結論に達した。

なにより、わたしが失礼な態度になると思う。

 

ってこれ

娘と同じじゃないか!!!

 

自分がされたわけじゃないけど、

周りの人がされているのを見るのが嫌。

されている人も困ってるとはハッキリ言わないけど。

自分がそうなることはないと思うけど、

1日ずっと緊張する。

そりゃ辛いわ。

それが毎日だったら泣きたくもなるわ。

 

そう感じてしまう自分の中に、

何か解決できる問題があるんだろう。

でも、

嫌だと思ったらそこから離れて、

それから考えてみてもいい。

一体何がそんなに引っかかったんだろうと。

だって、変えるべきが相手ではなく自分の中なのだったら、

自分がそこに存在するために文句を言う必要はないのだ。

そこに居ても、居なくても、

自分を内観することはできるし、

むしろ、強い嫌悪感はないところで他のきもちを感じた方が、

きっとシンプルだ。

相手を通して、自分は、何を見たのだろう。

 

無理に行かなくてもいいわ、そういうときは。

 

空気感が耐えられないからその場に居たくない、

それって、あるわ。

いじめられるわけでもない、

いじめられてる人がいるかと言えばよくわからない、

みんなは別に氣にしてなさそう、

でも、なんかなー、って。

学校に行きたくないって、

そういう理由でうまく説明できない子が、

結構いるのかもね。

そこに居たら傷つけられてしまう、と感じたなら、

そこから去っていいよ。

はじき出されるとか逃げるとか、

そういうことじゃなくて、

そんなものは受け入れたくないって

自分から立ち去るんだ。

どうしてそう思っちゃうんだろうなぁって

考えるのは後でいい。

だって、そうしないと潰れそうなんでしょ。

 

中学生になった息子がもらってきたお手紙に

『部活を始めたからには3年間続けたいですよね』みたいなことを書いてあって

へぇ~、と思った。

やってみて、合わなかったってわかることもあるじゃないか。

自分も辛いけど、そこで周りを不快にさせず続けることができるんだろうか。

耐え忍ぶ数年間と、その時間を他の愉しいことに費やせたらと思うと、

そんな洗脳要らんのになぁって思う。

 

相手の奥に何かあるのは見える。

でも、そこまで耐えられない自分の力のなさよ。

そこまで向き合いたいのか?
っていうところが結局ご縁なのかな

わたしには無理、と思ったら辞めてもいい。

理解されなくても、それが自分の感覚なら。

これから、まだまだ、進む。

 

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