うちのゲーム時間は無制限/勉強しなさいとは言わない


子どものゲーム&パソコン時間は無制限のままです。

ときどき、家の仕事を放置するので、
勉強はしてないですね

3日くらいは優しくお願いするのですが、

「いい加減にせー!」

となる場合もあります。

「1週間禁止じゃー!ただし改善策を出せば再開してよろしい!」

で、結局まあそんな感じで。

そういうふうに決めた経緯が以下の記事なんだけど

子どものゲーム・パソコンの時間は制限するのがよいのか

これ久しぶりに読んで、

 

「アホなのわたし?」

 

と思っちゃった。

 

勉強しないとダメ、って、言わなくなった、わたし。

学校の方針として

宿題は出さないけど家庭学習はしてください

ってことだったので、

やりなさいとは言ったけど、

うちの子たちがやるわけもなく。

長男はそれでもそこそこの成績を取ってくるし、

長女は点数のいいテストしか見せないし、
のび太みたいに隠してるのだろうか

わたしもそんなに子どもの成績って興味なくて。

漢字テストなんかは、

どうせ合格点までやり直しさせられるなら最初から勉強したら?

とは言う。

言うけど、やってもやらなくても勝手だと思う。

そもそも漢字なんて、読めれば合格だと思う。

書くときは調べられるし、手書きより入力が多い生活だし。

 

 

あとね、夜にモニターの光がダメな件。

寝る前にモニター見るのは、賛否両論あれど、

わたしは良くないと思う。

睡眠の質はともかく、

ずっと見ちゃってて寝る時間が遅くなるからね。

眠くなるのが遅くなるというのは、わたしの実感。

暗くして横になればすぐ眠くなるのに、

明るい画面見てたら普通に本読むよりも夜更かし率が高い。

それに動画だと進み続ける画像や音声に集中し続けなきゃいけない。

この時間まで!って決めないと、

起きる時間が決まってる暮らしの人には、辛いと思う。

脳が休まるかどうかは、見る内容によるんじゃないかとは思う。

寝る直前まで脳をたくさん使うのは、寝ても休まらない感じはある。

光に対する敏感さはそれぞれかもしれない。

こういうのって、

個人差あるんだと思うよ。

わたし、モニター見ながら氣づいたら寝てることあるもん。
コーヒー飲んで寝る人もいるじゃないね。

息子も放置してたら遅くまでパソコン見てたことあるけど、

翌日頭痛になってて、

寝不足の可能性も考えたら~って言っといた。

自分のデータを集めて考えないとね。どこかの他人の実験じゃなくて。

もう何回か同じことして翌日頭痛になるのか。不調は出るのか。観察したらいいわ。

 

 

話は戻るんだけど、

学校の勉強ができたって、

幸せに生きられることとは関係ない。

 

うまく利用することはできると思う。

でも、利用される側になったら、あまり幸せとは言えないと思う。

 

 

そんな子どもたちやわたしに、

ある人は、

早く将来の目標を決めなさい、

勉強頑張りなさい、

と、言う。

 

経験談を教えてくれた。

自分が中学に入ったときの初めての試験で

10番以内に入るように親に言われた。

頑張ったけど、その順位にはあと少しで届かなかった。

親は褒めてくれなかった。

この話を聞いたら頑張れるかしら。

 

はて、

わたしにはチンプンカンプンだった。

悲しい物語にしか聞こえない。

これ聞いて頑張ろうって人いるのか?

 

だって、

10番に入れなかった本人は今、何十年も経って、

楽しそうに暮らしているように見える。

家族に恵まれ、お金に困るわけでもなく、

美味しいもの食べて、歌ってるのである。

 

18で家を出るように言われて音楽の道しかないと思った

と言うけど、

だから今、好きや得意を活かして生活している。

 

10番に入れなくても

幸せじゃないですか?

そもそも天才が10人居たらおしまいですよね?
人と比較するってそういうこと。

 

 

わたしは聞いてしまいました。

『そのとき、もし、

頑張ったねって頭なでてくれてたら、

どうだったでしょうね。』

 

そういう話になると

『だから今は親には感謝しています』

という流れになる。

どうだったろうか、には答えてない。

これ、わたしも、

夫も、

同じ流れをたどった。

この人もか!

 

それはそれなんですよ。

結果オーライだけど、

もし頭なでてくれたらどうだった?っていう想像と向き合えない何か。

 

いいんですよ。

親はそのときそれがベストだと思ってやってた。

そのおかげで今があるのは、そうなんですよ。

 

でも、やっぱり、あのときは、

傷ついたんですよ。

寂しかった。

悲しかった。

もしかしたら憎しみもあったかもしれない。
憎んではいけないからこその抑圧
相手を失ってしまっては生きていけないから

 

そういう、

自分の感情を、

一回受け止めてみたら、

何か変わる。

これは年齢の問題ではない。
経験を重ねてきたことはそれは財産。
でもその中で、氣づきをもったかどうかは別。
だから年を取るほど、自分より若い人にそんなこと指摘さること自体、
きもちの良いことじゃないかもしれない。
自分の心のしこりに目を向けられるなら、
それは相当素直な人なんだと思う。

 

自分が傷ついた過去がある場合、

子どもや後継の人に対する考え方は大きく二つに分かれる。

①世界はそういうものだから頑張りなさい、というタイプと

②そんなの意味なかったから君たちは違うようにしなさい、というタイプ。

 

①は厄介だ。でも、本人がトラウマ抱えてるってことだ。

悲しみや寂しさや恐怖や。

この人の言うことを別に変えなくたっていいけど、

口を出される側になった場合が厄介。

理屈で話し合っても、前提が違う。

本人が癒されない限り無理だろうし、

あとは、「人それぞれだからね~」ってそっとするしかない。

 

わたしの感覚は以下。
正しいとか正しくないとかではない。

勉強する理由があるならしたらいい。

でもそれが、

誰かから認められるためとかいう理由なら、

しなくていいと思う。

勉強する理由が見つかったのなら、

勝手にすると思う。

勉強って学校だけじゃないし、

世界は広い。

 

4歳だって、

文字や数字に興味をもてば、

いつ覚えたん?ってくらい覚えるんですよ。

ひらがな、かたかな、かず(100以上数えてるよ…)

絵本も自分で読んでますよ。

ちなみに早期教育とか大っ嫌いですよわたしは。

 

次回以降に

努力することについて書こうと思う。

あの水泳の選手が「努力は報われると思いました」って泣きながら言った話。

ええ、わたしは、そういうの、、、ですよ。

 

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