あなたは本当にそういう人なの?


「わたしは〇〇だから」

よく聞きます。

本当にそうですか?

 

わたしは身体がかたいから

わたしは自分で決められないから

わたしは暗いから

わたしは太りやすいから

わたしはトラウマだらけだから

わたしは続けられないから

わたしは人と違うことができないから

わたしは人目を気にしてしまうから

 

 

でも。

 

って、思ってるのに。

それじゃ嫌だな、って思ってるのに。

 

わたしはそうだから、

って、

決めて、

仕方ないってことにして、

それでなんかのハンデつけられるの?

できなくてもいいでしょって?

 

変えたくて頑張るんでしょ?

だから何かを始める。

たとえばヨガやボディワークを始める。

トークセンで緩んでみようと思う。

相談してみる。

そこまで動き始めた自分に、

「でもわたし〇〇だから。」

「周りが〇〇だから」

「忙しくて」

 

まだ言うか。

 

大丈夫、あなたはできるよ。

って、優しい言葉を欲しいのかもしれないけれど、

残念ですがわたしは優しくありません。

 

変わりたいきもちがある人にほどわたしは

 

その言い訳やめなよ

 

って言ってしまう。

 

わたしは〇〇だから、

って日々言い訳をしていれば楽だよね。

だからこういうふうにしかできないの、よよよ、って。

 

わたしは〇〇だから

それはそれでいいとしましょう。

じゃあそういう自分でどうやっていこうか。

もっとラクになれるはず、

そう思ってるはずなんです。

だからわたしのところに

レッスンしにきたり相談しにきたりしたんでしょ。

よしよしあなたは悪くないよ、

ってなでなでしてほしいだけなら他へ行けばいい。

 

わたしはね、

ラクタノラボ

ラクで愉しいを研究していますけど、

逃げる意味の楽をするでは決してありません。

奥底に眠らされているものを引き出すんです。

それは楽にできることじゃありません。

逃げてごまかしたいなら来ない方がいいです。

 

身体をラクにします。

その技術は学び続けています。

ご自身でもやってほしいですが、

こちらからできることはあります。

でも、心をラクにするのは、

ご自身でしかできません。

自分の内側には、

自分しか入っていけません。

身体をラクにしたとき、

おそらく心の何かも出てくる。

そのときに自分で向き合えなかったら

すっきりする方向には行きません。

愉しく生きるなんて夢のままでしょうね。

解決したら愉しく生きられる、わけではないと思います。
人生にすべて解決なんてことは来ないと思う。
愉しい、幸せだ、と感じられる、氣づく時間を増やしていく、
そういう感じ。

 

家庭環境や親や先生や社会や誰かのせいだ

というのはあると思います。

でも、

じゃあどうする?

ってなったとき、

アクション起こせるのは自分しかいないんですよ。

動くと決めるのは自分。

動くのは自分。

どう動くか決めるのも自分。

 

そんなときに

どうせわたしは〇〇だから

なんて言い訳をしていたら

その言い訳が何よりも邪魔になる。

もう目の前に自分を傷つけた人は居ないのに、

自分でずっと呪文のようにわたしは〇〇だからって言い続ける。

それは、

わたしが経験したことです。

いくつも呪文もってます。今でも。

 

最近、

厳しいことを言わないと届かないなってことが何個かあって

、、疲れました。

でもそれはわたしの

嫌われたくないのに、っていうわがままなきもち。

相手を変えてやろうなんて思ってない。

でも、もうちょっと強く背中押さないとダメか、

って思うことが多い。

だって背中押してもらいたくて来るんでしょ。
ところがブレーキが酷いのなんのって。
押すなよ!押すなよ!絶対に押すなよ!
こういう人が多いのはご時世ですかね。

 

がんばれない日があってもいい。

でも、よっしゃ、と自分に向き合う日もあるといい。

今週は、わたしも、えい!っとやることがある。
あー、嫌だなあ、逃げたい、でも、やる。結果はやってから考える。

 

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