どうしてそんなにまず自分をととのえるって言うの?


今週はずっと、

あー、やらなきゃ、と思っていたことがありました。

今日は木曜日。

やっと、できました。

ダウンドッグのプラクティスをしようと思っていたのです。

 

ダウンドッグ、下向き犬のポーズ、
両手両足は床について、お尻を高く上げるアレです。
ヨガのポーズ。
サンスクリット語ではアド・ムカ・シュヴァナーサナ。

ヨガを始めたときから、
わたしはこのポーズが嫌いです。
辛いから。
パスチモッターナーサナ(座った前屈)も大嫌い。
ウッタナーサナ(立った前屈)も大嫌い。
3大嫌いなポーズです。
あれ、これ全部あそこ、、、

 

これはですね、

手が辛いってそれはエラーなんですね。

足で踏めていたら手は辛くないんです。

わたしはかつて、

「お尻を高ぁ~く、天井に向かってもちあげまぁ~す」

って言われても、

腕がパンパンで呼吸も止まって頭への血流が変で具合悪くなってました。

いや、今日も、腕しか使えないという現実。

 

前にやったレッスンです。

したことあるんです。

動画見ながらやってるんですが、

その動画にわたしちゃんと参加してます。

そして動画の中で「れいこっ!それは休憩じゃっ!」と言われている。
いやわたしは必死ですけども!

 

両手両足ついているのに、

腕ばかりが辛い。

手首、腕、肩甲骨まわりが痛い。

でも、両手両足ですよ?

足は何してるんですか!

何してるんですかわたしの足!

働け!

でもどうしたらいいかわからん!

 

動きながら、足で踏む、という感覚を入れていく。

 

ところで、あなた、踏めてると思います?

床の上で立って、誰かに頼んで、

片方の足をスライドするように外側に引っ張ってもらってみて。

滑ったら、踏めてません。

そう簡単に動くわけないでしょ。

体重50キロだとしても、

片足に25キロかかってる。

25キロって結構重い。

 

足で踏む感覚。

いやー、踏めない。

踏めないから変に力が入って辛い。

ただ積み木のように支えれば済むところもあるはずなのに、

力で何とかしようとして。

力が伝わればいいだけなところ、

あるはずなのに。

 

そして動きながら

「やばす」

と思うのである。

すっごい前に教え子が、
ヤバいを「ヤバす」、
キモいを「キモす」って言ってて、
ちょっとキモい先生が
kimosというメーカーのTシャツを着ていて
ひっそり腹筋崩壊したという思い出
悪いなわたし

今回は、

ちっとも身体が熱くなってこない。

相当何か詰まっているらしい。

やる氣もあんまりない。

 

一旦休憩して、

続きをやって、

ランジもやった。

やっと汗が出た。

身体の中身が流れて回り始めた。

 

再びダウンドッグ。

最初よりマシだ。。。

足で踏む、が少しわかる。

背中、胸のしなやかさが、ほんの少し。

立つ感覚も違う。

 

外側からのあれこれで、

身体は常に影響を受けている。

だから、

ここまでやったら終わりってことはないんだと思う。

 

ただ立って揺れるだけでも全然できない。

こう揺れたい、という思い通りに、全然できない。

 

ニュートラルを探しに。

ニュートラルを保つために。
わたしはまだそういうレベルではない。

上虚下実であること。

それができなくして人に教えることはできない。

この安定感を伝えたいのに、

自分が安定していないとかあり得ない。

心の落ち着きを伝えたいのに、

自分が病んでるとかあり得ない。

自分がしっかりしていなくて

どうやって自分以外の人の助けになるのか。

何百時間のトレーニングしたら終わり、じゃない。

日々の自分。

言い訳してサボってた。

でもその結果は自分に返ってきた。

サボっちゃダメだ。

わたしは辛いプラクティスは嫌いだ。

でも、

自分を甘やかして心身が崩れていくのはもっと嫌だ。

 

 

もう一度書く。

外側からのあれこれで、

わたしたちの身体は常に大きな影響を受けている。

無意識のうちにも。

身体に影響を受けたから心にも出るし、

その逆もある。

 

安定した身体だからこその、

安定した思考、精神状態。

ヤマ、ニヤマ、アーサナ、それから瞑想である

八支則の順番の意味。

ダウンドッグができるようになる、

その先には、踏める足、

安定した心がある。

ダウンドッグできるようになるためのプラクティスではない。

ダウンドッグは手段でしかない。

それができるようになった身体に繋がる精神が欲しい。

でもそれさえも手段。

じゃあ目的って何でしょうね。

 

一度やれば終わり、じゃない。

でも、続けて行けば、必ず変わる。

そして、それはないものを得るのではなくて、

自分が持ってるものを使えるようにする、

ただそれだけのこと。

 

うーん、今回はマイナーな話でしたかね?

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