腸の中のうんこは『自分』なのか【あるヤギの自叙伝】


ヤギナンダは考えた。

「これは先ほどまでワタシの身体に入っていたが」

そのころころした黒っぽい物体をまじまじと見た。

「さすがにこれはもうワタシではない」

 

そこにあるのはまだホカホカのうんこである。

 

でも、これが腹の中に入っていたときは

ワタシの身体の中にあったということだ。

ではそのときはワタシだったのだろうか。

ワタシの一部?

 

ときどきここに来る人間たちは

ワタシを見て

「わぁ、ヤギ!」

とか言うが

それは腹の中のうんこまで含めているのだろうか。

少なくとも

この黒いコロコロを見て

「わぁ、ヤギ!」は無いだろう。

「うわっ、うんこ!」だろう。

やはり出てしまったものはワタシではない。

下品ですみません。
わたし、下々の会(別名シモーズ)の会員なんで、、、あ、もう黙ります。

 

 

先日友人のヤギンドラの角が欠けてしまったが
たんすの角にぶつけたそうだ
どんな勢いでぶつけたのだろうか

あの欠けて落ちた角は

欠けた瞬間からヤギンドラではなくなったのだろうか。

 

しかし待てよ。

 

さっき食べた草はまだ消化の途中で胃の中にあるが

これはワタシなのだろうか。

そんな氣はしない。

でも草は血となり肉となりそれはワタシになる。

どこまでが草で

どこまでがワタシなのだろう。

 

ワタシが死んだら

その身体はワタシなのだろうか。

家族や友人たちはワタシの身体を囲んでメェメェ泣くだろう。

でももうそこにワタシは居ないのだ。

 

では身体はワタシではないのだろうか。

 

それなら何がワタシなのだろうか。

 

アナタって何ですか?

 

次回もお楽しメェに。

 

 

テキストのコピーはできません。