自分を変えるなら『付け加える』から『削ぎ落とす』


自分に自信がないのに

外側にいくら付け加えても

それは張りぼてでしかないから

結局自分がよくわからないまま

ますます見えなくなっていく。

 

自分の中心に向かっていく。

いらないものを取っていく。

自分が何を感じるのか。

何を思うのか。

自分に意識を向けていくと

自然と要らないものは取れていく。

 

自信があるというとちょっと語弊があって

自己肯定感っていうのもなんか違う氣がして

自分がただ存在していること

それでいいっていうこと。

 

外からの価値観や評価を一旦脇に置くこと

どう見られるかどう思われるか

そればかり考えていたら

自分がどう思うかっていうのが二番目になる

そしていつしか感じられなくなる人もいる。

 

どう見られるかっていうのは

わかっていて利用する方法はある。

メイクとか服とか色とか

作った言動とか
YAZAWAなら何て言うかな的な

それはそれで良くて

でもそれで自分が本当に良いと思っているのか

それで受け入れられても自分ではないってことを

自覚してする。

引き出しているのか

作り出しているのか

という違いにも意識を向けてみる。

このふたつは全然違う。

 

そんなに変えなくちゃダメな自分なんだろうか?

もし自分が小さな子どもだったとしたら

これでいいのかなって不安そうな顔してる子だとしたら

大丈夫だよって

言ってあげるんじゃないかな。

何かから自分を守ろうと思って頑張ったり

変なことしちゃったり

それでちょっと癖があったり変わったことになっちゃってるのよね。

それがなかったらどうしようもなかったんだよ。

でも、

もうそれを手放してもいいなら、

手放した方がラク。

 

あのさー、

親になってみるとさー、

我が子が生まれたときに、

こんな小さいのを守らねばならないって思ったの。

この世界で生きていくことって簡単じゃないんだよ。

でも、子どももそうだけど、

自分だって、そんな世界で今日の今まで生きてきた。

よくがんばったよね。

いびつな自分って、

この世界で一生懸命生きてきたからなんじゃないかな。

でも、ちょっとその鎧とか傷とか邪魔だなって思うなら、

氣づいてない人が多いとは思うけど

よいしょって脇に置くこともしていいと思うんだよね。

 

それができるひとつの方法が、

トークセンだったり、ボディワークだったり、ヨガだったり、

わたしはそうなんだ。

 

アイキャッチ画像は、

頭隠して尻隠さずなうちの子。

人からどう見えるか想像できるようになったら

かくれんぼは上手になるね。

生きやすさはどうかわからんけども。

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