役割を演じて生きている3


その役割って誰が作ったわけ?

それ、何のためにするのか、自分でわかってる?

自分の願いって何?

というのが前回まで。

役割を演じて生きている

役割を演じて生きている2

 

既存の謎メニューになぜか縛られる

 

子育て、したくないわけじゃない。

家事、したくないわけじゃない。

 

しかしですね、

何か知らんけど、

母だから妻だから果たさなきゃいけない仕事のメニューが、

存在するわけよ。

夫より早く起きて朝ごはんを作ってお見送りするとか。

どれもやってないけど。

家をきれいに保つのは母の役目とか。

できてない。

家族揃ってごはんを食べなきゃいけないとか。

毎回そうじゃなくてもいいってわりと最近氣づいた。

母業・妻業の謎メニューですよ、

この「しなきゃいけない」シリーズ。

 

わたしは子どもたちにこうしてあげたい、

って自然とわいてくるものをしたい。

わたしはパートナーにこうしてあげたい、

って自然とわいてくるのならそうする。

家族とこうありたいって思ったら、

そうできるように、何かする。

 

それは自分勝手とかじゃなくて。

きっと変わらず掃除はするし、洗濯もするし、

ごはんも作るんだよ。

子どもの話も聴くしさ。

 

普通に生きていたらいいじゃないか。

 

 

それでも既存の役割、

謎メニューをこなせないことで

罪悪感を感じてしまうのは、

自動操縦なんだろうな。

アプリがいつの間にかインストールされてた。

その世界観だけ見せられてきた。

子どものときに?家庭で?学校で?職場で?わからないけど。

他にも世界観はあるのに。

 

で、そんな世界を見ているわたしは、

そこでの役割を果たそうとする。

それは やって当たり前

そうしないと母としてだらしない

そうしないと妻としてレベルが低い

ウツになって何もできなくなったのを機会に

結構そういうのは捨てた。

 

だーかーらー、

それ、誰目線かって。

 

そのわけわかんない目線をポイっとしたら、

わたしは

ただやりたいことをしたらいいわけよ。

 

それが自由奔放自分勝手万歳、ではなくて。

たとえば子どもが体調を崩したら

一晩中看病だってできるだろうし

夫が何かしてほしいというなら

できるように努力すると思う。

多少大変なことでも、

純粋に、そうしたいから。

子どもが、パートナーが、大切だから。

 

嫌が嫌を産み ついには思考停止

 

その誰目線かわからないのを恐れるのは

否定批判をされたくない

ってところがあると思うの。

否定批判が、嫌なの。

それは感情なわけ、嫌だっていう。

 

嫌なことを何とかしようとするから

その嫌から逃げるために我慢して何かして

誰かの言うことちゃんと聞いてます風にして

それは仕方ないことなんだって言い聞かせる。

 

そしてそこで新しく嫌を産んでる。

否定されたくないからコレをしてるんだけど、

コレをしても全然嬉しくない

っていうかむしろ辛いんだが。って。

何かおかしくないか?

 

でももうそこで、

考えることを止める。

考えて氣づいてしまったら、

折角回避した(と思っている)嫌なことに向き合うことになる。

もしくは、良い案が浮かばない、行き止まり。

 

主語は『わたし』

 

見えない誰かからの否定も嫌だけど、

 

自分

が自分を責めると思うの。

こんなこともできないわたしダメね。

母親なのに、妻なのに、

どうしてわたしはできないのかしら。

 

いや、それ、

そもそもしなきゃいけないものなのか、

考えてみよう。

 

母だから妻だからしなきゃいけない謎メニューって、

何それ

必要ってわけでもないし

自分じゃなくてもできるじゃん。

 

どうしても自分じゃなきゃいけないことって何?

子どもはお母さんじゃなきゃダメなことってある。

パートナーとして選んだ人だからこそってこともある。

それは、そんなに多くはないのでは。

 

それに加えて

してあげたいことをすることに、

そんなに苦労は感じないはず。

 

ねぇ、

大切な人を大切にするって、

もしかして、機嫌よくわらってるとか

幸せそうにしていることが

まず第一なんじゃないか?

 

わたしは一体何に縛られてきたのか?

誰かや自分自身に否定されることを

一生懸命回避してきたらしい。

でもそれじゃ何か違った。

自らわけのわからん世界に組み込まれようとしているだけ。

その通りに動けばわが社の製品として合格です的な。

そっちの世界に認められようとがんばってきて。

でもなんか違うって自分の中ではずっと感じて。

 

本当に、

自分が、

ほしいものは何か?

 

わたしは、

大切な人を大切にしたい。

大好きな人たちと楽しく穏やかに生きたい。

そのために何ができる?

もっと、

ストレートに生きていいんだわ。

見ればいいのは、

自分と、目の前の相手なんだ。

知らない誰かの世界観や意見じゃなくて。

自分、そして、そこにいる相手。

あっちの世界の誰かに何か言われるかもしれないよ。

「あなたの世界ではそうなのね、でもわたしはこうなの」

でいいんだわ。

そこをスパッとできる強さがあるかどうか?
んー、そこ無理なら、あっちの世界で生きるしかないわ。
で、苦しむか、麻痺させて一生を乗り切るか。
直接言わなくていいの、わからないだろうから。
理解されなくていい。
理解されなくても、そうあるんだから。

 

これからは、

知らない誰かの作成した謎メニューではないか、

自分が本当に望んでいることなのか、

立ち止まって考えよう、感じよう。

 

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