役割を演じて生きている


わたしねー、

自分の中に潜り込むのが好きなんですよ。

思考、感情、感覚を感じに行くのが。

よだれ出ちゃうくらい好き。

すげー好きなんだ、

ということにさっき氣づいた。
好きなのはわかってたけど、
これは普通レベルではないのだ。

 

こんなのみんなやってると思ってたのよ。

 

でもわたし、

暇さえあれば

暇がなくても

ずっとそれやろうとしてる。

 

こりゃー変態だぞ。

 

で。

わたしずっと、

自分の中にフォーカスするにあたり、

役割を生きるってところがピンときてなくてですね。

わたしなんだけど、わたしじゃない、っていう感覚。

今は特に、

母親とか

妻とか

そういう役割を生きている。

そこが中心ね。

 

自分が「あー、温泉旅館に泊まりに行ってのんびりしたい」

と思うじゃない。

そこで始まるのは

「でも子どもたちどーすんの」

「夫が働いてるのにわたしがのんびりしたら悪い」

なのよ。

 

自分のしたいことははっきりしているのに、

役割がそれを許さない。

実際はね、たぶんね、行っていいよって言ってくれると思うの。
子どもたちは「いいなぁ」とか「ママ行かないでぇ」とか言うだろうけど。
夫は「行ってこればいいよ」って言いそう。

 

でも、許さないのは、

『役割』

なのか?

 

その役割の仕事、義務、

それを作っているのは、誰か?

わたしですかね?

誰か他の人ですかね?

 

たぶんだけど。

わたしより先にそれはあった。

で、

何かの縁で、そういう役割なんだと思って受け取ってしまった。

それを大事に抱えている。

そういうもんだと、思っている。

 

じゃあ。

その役割、必要?

何のために、必要?

(つづく)

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