障がい者のきょうだい


障がい者のきょうだいって

とてもがんばっている

がんばってきたと思うんだ。

だからそういう人たちにも

ボディワークをしてほしい。

それね、

わたしのトラウマだってこともわかってる。

トラウマと仕事

だから、

別に特別そういう人の枠を作るとかじゃないんだけど、

 

がんばることが当たり前だった、

がんばらなくてはいられなかった、

そうすることでしか親を支えられないと思っていた、

甘えるなんて思いつきもしなかったけど本当は寂しかった、

わたしだって子どもだったのに。

そういうことに、

気が付いていればいいのだけど、

きっと蓋をしたままの人が多いんじゃないかなって思う。

怒りしか湧いてこない、みたいな状態。

あるいは、淡々と対応し続けている。
昇華した上の淡々ならいい。

 

こころの奥がかたまってると思うんだ。

 

もっと、ほわっとなれる。

 

そんな機会を

提供できたら嬉しいと思う。

 

たぶん、

障がい者の親も

もっと

ほわっとなれる。

 

障がい者自身にはいろいろとケアされる機会がある。

でも、それを支える人たちには、

これといって、ない。公的にもれなくしてもらえるものは。

じゃあ大丈夫なのかって言うと、

そんなこと、

ぜんぜんない。

 

障がい者って一概にくくってしまうのは

好きじゃないし

だからこそ

わたしは弟の知的障害を

性格に全く関係ないものとして扱われ許されることが

いまだにモヤモヤしちゃう。

どこまでが障害で、どこからが性格なんじゃ、って。

 

就職後に、

特別支援学校教員の免許も取ったけど、

やっぱりそんなくらいの勉強では納得いかなかった。

 

弟が彼女と結婚したいって言ったとき

どこまで自分勝手なんじゃー!って本当に腹が立った。

将来の面倒を誰が見ることになってるか知っとんのかーーー!
障がいだからって散々あれできないこれできないで、結婚はしたいだと?は?
、、、って思うのは、わたしが我慢してきたからよ。問題はそこよ。
わたしも我慢しなければいいんだ。良い姉をやめます。
あんたの面倒は見ない。なぜなら見たくないから。
と思ったら勝手にしろと思えた。
そうでしょ、お姉ちゃんが面倒見てやるんだから結婚するなって、どういう理屈w
お姉ちゃんは面倒見ないけど好きにしなさい、の方がお互いに良い。
そんな簡単なことだった。

 

世間の目も優しくはない。

父のお通夜の前、葬儀場の隣の公園で

わたしの息子と弟が遊んでいただけで

警察を呼ばれた。

母とわたしは出て行って

警察に名前や住所や職業なんかを聞かれ

何も悪いことをしていないのに

むしろ障がいのない人の方が犯罪を起こしている率は高いだろうに

何とも言えないきもちになった。

 

障がい者の家族にしか

わからないこともある。

結局は個々の経験だから、

想像でしか、ないけど。

 

悪いことばかりじゃない。

 

きっと

そこからでさえも、

学べることがあるんだよ。

 

そうなんだけど、

それは黙ってても始まらないと思うんだ。

何とかしたい、と思ったら、

わたしは一つの方法を伝えることができる。

 

結局は、

自分を変えるしかないってこと。

もう充分変えてきました!って思うのもわかる。

わーかーるーーー。

でも今度は、

自分のために。

人のためにがんばって変えてきたものを、

今度は、本来の自分に還るように。

 

身体からココロにアプローチすること。

 

ま、実はね、この辺は、わたし自身も途中だわ。
ともに頑張ろう、同志よ。

 

もういいよ。

がんばってきたんだよ。

あなたも大切な一人の人。

 

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