先生だったときの思い出と今の仕事


わたしねぇ、

忘れられない子がいるんです。

わたしはこの子に出会えて思いを伝えられただけで

学校の先生になってよかったのかもなって。

 

先生と生徒なんて

結局相性だから

わたしが担任したがために苦しかった子もいると思う。

わたしもそうだった。

小学校4年生のときの先生が大好きで

あれはきっと依怙贔屓だったなと
えこひいきってこういう漢字だったのか

思うけれど、

同じクラスだった子は

あの先生のせいで人生が狂ったとか言ってる。

でもその子が好きだった、3年生のときの先生は

わたしにとっては最悪で

あのときわたしは1年間ほぼ無言で学校で過ごしたのだ。
場面緘黙ではないと思うぞ。

 

かつてのわたしみたいな子を救いたい

救いたいって言うとなんか思い上がりだからちょっと違うけど

それでいいんだよって伝えたい

そう思っていた。

 

多くは語らないし自己主張もしないけれど

内面はとても豊かな感覚や考えや思いがある。

そういう子は

学校では

目立たないし評価もされないし

押しの強い他の子どもたちには押されっぱなし

折角のキラキラが

キラキラだと自分で思えなくなってしまう。

 

手を挙げてハイハイ!って言うのが良い子?

100点取るのが良い子?

休み時間にみんなとグラウンドで遊ぶのが良い子?

リーダーとかやりたがるのが良い子?

 

それだけじゃないんだ。

その子にはキラキラしたものがあった。

 

発表会の器楽も

好きな楽器があって一生懸命練習していたのに

あまり練習していない気の強い子に人数の枠を取られてしまった。

何も言えずに教室で泣いたあの子。

悔しいね。納得いかないよね。

でも、あんたなんて練習しなかったくせに!って相手には言わないんでしょ?

学年の先生と相談して

その子の習い事が活きる役を新しく作った。

普段人前に出ようとしないその子は

それはもういきいきとしてその目立つ役をやった。

何だってできるんだよ。

裏方だって目立つ役だって。

できないって思わされてきただけ。

 

授業中に手を挙げて発表することはなくても、

自分の中に思いや考えがたくさんあるお子さんです。

人を押しのけることなく優しい気持ちをもっています。

 

そんなようなことを伝えたら

その通知表をみておばあちゃんは泣いたんだって。

 

そうか。

大事な孫、大事な子ども。

こんなにすてきな子なのに

学校という枠では

手を挙げて発表できるようにしましょうとか

意見を言えるようにしましょうとか

積極的になりましょう

みたいなことばっかり言われて

それじゃあまるで別人になれってことだよな。

辛いよね。

周りも辛いんだな。

 

中学生になったその子からお手紙がきたことがあった。

吹奏楽部で部長さんになったっていったかな。

 

わたし、

あの子に

あなたはそのままで素敵だよって

伝えられただけで

ああよかったなって思う。

 

たくさんたくさん失敗したし

きっと逆に傷つけてしまった子もいるだろうけど。

ほんと、ごめんなさい、わたしは未熟でした。

保護者の方に怒鳴りこまれたこともありました
(やってないことは謝りません!って頑固な20代のわたしは謝らなかったw

先輩からお説教されたこともありました

 

そしてわたし

わたしがしたいのはそういうことなんだ。

あなたはそのままで素敵。

きゅっきゅと磨くことは必要かもしれないけれど

別人になろうとなんてしなくていい。

外の枠に評価されなくてもいい。

そんなことを伝えたい。

子どもだとどうしても、大人のそういうのに巻き込まれちゃうから。

 

でも相性ってのもあるし

そんなの必要ないって思う人もいるだろうし

そもそも教員の仕事ってそれだけじゃないし

だからわたしは辞めて今の仕事にしたのは

大正解なんだなと

まあ正解っていうとまた語弊があるけど

そもそもその仕事量に潰れたわけだし

じゃあこれから何をしようかと

楽しみになっている今日この頃です。

 

その人がその人自身を活かす

そのお手伝いを。

 

あの頃いくつもトラウマ抱えて

人を助けたいなんて

無理だったわ。

まず自分を何とかせーって。

 

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