カクメイはこれから


なんか疲れた。

自分の変化についていくことに。

 

胸が苦しくなりそうになった。

喉も苦しくなった。

でも、そこへ呼吸を入れて、はぁーーっと吐き出したら、

それ以上にはならなかった。

 

これまでの話

カクメイの始まり

カクメイは続く

 

そうだよね、大変だよね、がんばってるもん。

って、自分に言う。

 

はぁーーー。

と、息を吐くことが多くなった。

 

よしよし。

 

ついつい、家事をしたり、

もっと仕事しなきゃって焦ったり、する。

あ、でも今疲れた、と思ったら、

一休み。

わたし、すごくズボラで、放置したらいつまでもダラダラしてしまう。

のろまだし。急いでいるのに早くしなさいって叱られる子どもだった。

気づいたらぼーーーっとしている。

だから、がんばらないと。

そう思ってきたけど。

それは、無理をかけ続けてきたってことに他ならない。

バージョンアップしてたわけじゃなくて、

ただ、無理をかけていた。

のんびりのろまなわたしで、いいじゃない。

だらだらするの、きもちいー。

 

でも、

この無理をやめてしまったら、

どうなるんだろう?

家事、回るんだろうか?

仕事、できるんだろうか?

 

わからない。

 

 

どうしたいんだろう。

どうしたらいい?

って問う前に、

どうしたいの?どうありたいの?

って問うてみる。

 

出てこない。

どうしたいのか、出てこないのだ。

 

家事を滞りなくやって、

パートにでも出て定額稼いでいたら、

満足だろうかというと、

ぜんぜん、そんなことない。

なのにわたしは、それができないと言って悩んでいる。

どういうことだ?

それは、アレだ、刷り込まれた価値観で見てるやつ。

わたしのしたいことはそれじゃないって、

心の奥深くの方が言ってる。

 

子どもを保育園に預けておきながら、

大して稼いでもいない。

でも、正直、わたしはそんなにお金は要らない。

だからといって、安売りをして、
安いからという理由で来てくれる人に自分のあれこれを提供したいとも思わない。

もう、これからは、やりたくないことはやらない、

って決めて前職を辞めたんだ。

 

 

こころとからだのことを学びたい。

自分のこころとからだの波を大切にして暮らしたい。

誰かや何かの都合じゃなくて。

キラキラと生きたい。

そして

そうしたい人たちと支えたり支えられたりして生きていきたい。

バリバリの資本主義の価値観だけを植え付けてしまうこの仕組みに

とても腹が立つ。

だから、これからの子どもたちに何かできることはないかと思う。

もちろん大人にも。
だから、こうしてすったもんだしてるわたしの思考をシェアしている。
考える刺激、触媒みたいなものに、もしなれば。

教え込む、じゃなくて、

どうしたら、自分を活かせるのかって。

知識や考え方や経験は大切だし、

今の学校のすべてが悪いとも思わないし、

なにより一生懸命な先生方もいることはわかっている。

でも、あまりにも狭い。いろんなことが。

 

みんなのために、も大切だけど、

みんなのために自分が犠牲になっちゃいけない。

がんばるほど辛いなんて。

そんなの美しくない。

我慢して差し出すんじゃなくて、

喜んで役に立てる、そういうの、あるでしょ。

そんなのあるわけないとか、

そんなのわがままだとか、

そんなの現実を見ていないとか、

そういうふうに思わせてきたのは、何だ?誰だ?

そしてその呪いの言葉をずっと自分や周りに吐き続ける人たち。

そう、そしてわたしは、そういうニオイのする人とすっぱり関係を断とうと思った。
今のわたしの弱さでは、引きずり込まれてしまう。
もっとわたしが強くなってから、また縁があって、自身で何とかしたいと思ってるなら、力になるよ。
一緒に溺れようとするの、嫌だ。陸には上がれないよ、っていうの。

 

 

だとしたら、

わたし、

もうそんなに変わらなくても、

いいんじゃないか。

今の道で、いいんじゃないか。

 

あれれ?

悩むところある?

 

じゃあ、いよいよ、

『どうする?』

を考えるときか。

でもなんかこのままでいい気がしてきた。

 

 

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