断捨離を進める最強の思考


もうね、断捨離やるって言って、1年は越えてるわけ。

何だかんだ言い訳をして。

でもね、今日はバンバンゴミ袋に突っ込んだわ。
自分比だけど。笑

 

お片付け本、たくさん読んだ。

そのときはモチベーションアップした。

でも続かない。

そして、捨てが甘い。

 

そんなでしたが、

子とパニック障害(みたいなもの、たぶん卒業した)とをもつわたしには、

こう考えたら捨てられることを発見した。

 

 

それは、

 

 

これがあったら

『わたしが死んだ場合、残された人が困らないか。』

 

 

はい。

わたし、死ぬことは怖くないんです。

でも、子どもを残していくことが怖い。

や、そもそもパニックでは死なないんですけど。

でも、ゾワゾワゾワって襲ってくるアレは、

もう恐怖でしかない。

だから安心して死ねる環境を作れば、パニックにもならないんですね。

ちょっと変わってるパニックかもしれない。

…わかります?(;´∀`)

子どもに悲しんでほしくない苦しんでほしくない。

まあ多少なりともそういうのは仕方ないにしても。

 

だから、残される夫や子どもたちの肉体的・感情的負担を少しでも軽くするのであれば、

まず自分の後始末は自分でするべきである。

後始末、と言っても死んでからとか病んでからでは無理なので、

元気なうちにやっておく。

 

あと、

わたしは、

夫に先立たれた母を見て、

残された釣り道具や服の始末が辛そうで、

こうはなりたくないとも思った。

そういう意味では、

思い出のものも、わたしが処分できるものは尚更、処分しておこうと。

 

えーと、死ぬ気はないですよ。

でも、いずれ、人は死ぬのです。

安心して死ねるなって思えたら、安心して生きられると思う。

だから全然、悲しいとか重いとかそういう感覚でなくてですね。

生きるとか死ぬとか考えすぎたのかもしれない。

 

で、例えば、夫が先に亡くなるとして、

そうなってしまったら、夫からのラブレターは数年は捨てられないな。

でも今なら捨てられる。

毎日会えるし、きもちは更新されているから、20年も前の過去の手紙は必要ない。

はい、捨てよう。

きもちはもう、もらったから。

できればわたしからのラブレターも捨ててほしいわ。。。

もうあの頃のきもちはない。

違う形でちゃんと、愛している。

今の方が絶対にいい。

 

思い入れのあるモノほど、自分の手でサッサと処分した方がいい。

処分を任せなければならないモノを最小限にするには、

今、もっているモノを最小限に。

そしてそういう生活は快適に違いない。

 

まぁ、あの、コロちゃんとか本気で怖い人は、本気で断捨離しといたらいいんじゃないですかね。

 

わたしみたいな恐怖感がない人は(あ、コロちゃんは怖くないです)、

フツーに、1年着ないものは捨てるとか、複数持ちしないとか、

そういう方法でよいと思うなり。
そのコロちゃん、、、完全にバカにしてる、ふふふ。

 

今日捨てたもの

・大学時代くらいのラブレターと写真

・初恋の人の写真(出てきてビックリした)

・結婚式のときの電報や席次表など

・自分の服(まだある)

・前職のときの写真

・夫の前職のときの資料(絶対に15年くらい存在を忘れているから勝手に捨てる)

・お下がりに取っておいた子ども靴(劣化してるし)

・使わないキーホルダーやストラップ

・いつのかわからない携帯の充電器

・中学のときの卒業アルバム(なんで買ったんだろう)

・ルームシューズ

明日ゴミの日だし、もうちょっとがんばりたい。

 

 

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