私がヨガのレッスンでしたいと思っていること。


思ったような結果を得ることと、本当に良くなることって、違うかもしれない。

思ったような結果が得られなかったからと言って、

ダメだとか合わなかったとか、、そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。

 

ある人にヨガとボディワークをおすすめしたのだけど、
ちょっと遠くにお住まいだったので、お近くのスタジオを紹介しました

ヨガというだけで拒絶反応を起こされた。

「私ヨガは好きじゃないのよね、あのゆっくりしたのがなんか嫌で。あと頭痛がするの」

そりゃ呼吸ができていないんでは、そしてゆっくり動くとは限らないのでは、、、

でももう、その人にとっては、それがヨガだっていうことになってしまっていて、

私がどう説明したって、

それは動かしがたい事実みたいなことになっちゃってて。

はぁー、それはもうそういうご縁だねと、私も、あ、そーかい、と終わりました。

 

ヨガインストラクターである私にわざわざ相談しておきながら、

結局その痛みと辛さを抱える選択をさせるその人の経験した過去のヨガって、

一体何なんだよ。どこのどんなヨガだよ!それはヨガなのかよっ!!

と、モヤモヤしちゃった。

 

 

でもなー、これって起こるよね?ニーズ、イメージ、感覚、結果。

ヨガ、っていっても、みんなが同じニーズではないんだよなぁ。

運動不足解消!ダイエット!柔軟性!

いやいやリラックスでしょう!

、、、いやー、私は、そういうのがヨガだとは思ってないし。

でも一般のイメージって。

 

たとえば、『ヨガをしたあとに、動いてすっきりする』というイメージをもっていたとする。

もしくは、『格好いいポーズを何となくできてリラックスしたような感じ』。

 

動いてすっきりさせてあげたら、または何となくポーズができたら、

きっと喜んでくれるだろうし、きっとまた来てくれるし、高評価の口コミだってしてくれるかもしれない。

 

だけど、あ、この人もしかして心の問題の方が大きいかも、とか、

背中の動きが悪すぎるからそこからじっくりやろうとか、そう思ってしまったとき、、、

 

私はその人がより本来に近づくことができるようにどうしたらいいかという視点で見る。

だから、リラックスしたいの~とか、かっこいいからやってみたいとか、そういうことなら、そもそも私の専門外である。

そして、もし私と合わなくても、『ヨガは合わなかった』とは思わないでほしい。

望んでいるレッスンをしてくれる人はいる。

 

私は

その人の本来の力を

まだ眠っているものを

もしくはうまく使えていないものを

気づき使えるようにする、その提案をしたいと思っている。

 

私が、自分の中に光を見たから。

みんな、光をもってると思ったから。

できないとか、ないとか、そんなの、思い込みだったから。

それに気づかせてくれたのがヨガだっただけ。

方法はいろいろあるのかもしれない。

私はヨガを通して伝えることができる。

ただそれだけ。

 

でも、そんなのって、やったことない人にはなかなか伝わらない。

だから、たまたま興味をもって来た人に、うまいこと伝わっちゃえばいいかなーって思ってる。

だから全員には伝わらないと思うし、

みんなが気に入るとも思わないし、

それでもわかるひとにわかれば、その何人かが自身の中に光を見つけることになるのなら、

私もう、本気で嬉しい。

 

何か足りないとかじゃないんだよ。

だってほら、できるでしょ?変わるでしょ?って。

 

私も、ときどき落ち込むけど、

でも自分の中にちゃんと必要なものがあることや、

起こるべくして出来事が起こることもわかったから、

それにそういうことを学びながら励ましあって助け合って笑い合える仲間がいるから、

生きるって厚みがあるなぁって、、

思えるようになったよ。

あー、来たなコレ、フルコースメニューだ、今は苦いやつ来た、とか。

甘いばっかりじゃ、つまらない。

 

あー、今度小学校の家庭教育学級でレッスンさせてもらいます。

やー、どんなことしよ。

自身の身体の可能性を見てほしいんだよなぁ。

良いモノもってるぜ!って。

あと、身体を感じることも、してほしいんだよなぁ。

楽しくなってきた、うほほ。

 

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